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 見どころ紹介     バガン遺跡(3)     オールドバガン南部からミンカバー村

  都城の南門を出て、約1km先のミンカバー村へ向かうと、道の両側に小さなパゴダが点在している。ミンカバー村は意外ににぎやかな村で、大小様々な寺院が集まっていた。北から順に紹介する。

 参 考 (別ウィンドウが開きます)
  パガン遺跡の地図(各寺院・パゴダへジャンプ可) →here
  パガン時代の年表・寺院の建立年代 →here 

内容
1.ミンガラゼディパゴダ
2.グービャクジー寺院
3.ミャゼディパゴダ
4.ミンカバーパゴダ
5.マヌーハ寺院
 関連ページへ 
マンダレー(全3ページ)
バガン遺跡 概略
(1)ニャウンウー・オールドバガン東部
(2)オールドバガン
(4)ミンカバー村南・ニューバガン
(5)オールドバガン南東・ミンナトゥ村
ヤンゴン(全1ページ)

◆1 ミンガラゼディパゴダ
パゴダ全景 クリックで拡大パゴダ全景 パゴダへの入口 クリックで拡大パゴダへの入口   エーヤワディー川の近くにあり、上まで登れるので、絶好のビューポイントになっている。このパゴダは第11代ナラティーハパテ (在位1255-87年)が建立したもので、 バガン朝最末期(13世紀後半)のもの。このパゴダが完成すると国が滅ぶという予言通り、完成後数年にしてモンゴル軍に占領されたという。
パゴダ上からの眺め(夕方早い時間)
パゴダからの眺め タビニュ寺院 クリックで拡大タビニュ寺院 パゴダからの眺め 南東方面 クリックで拡大南東方面 パゴダからの眺め ミンカバー村方面 クリックで拡大ミンカバー村方面 パゴダからの眺め エーヤワディー川 クリックで拡大エーヤワディー川  
パゴダ上からの眺め(夕方、薄暮のころ)
パゴダからの眺め タビニュとアーナンダ クリックで拡大タビニュとアーナンダ パゴダからの眺め ダマヤンジー クリックで拡大ダマヤンジー パゴダからの眺め パゴダ群と虹(1)nbsp;クリックで拡大パゴダ群と虹(1) パゴダからの眺め パゴダ群と虹(2) クリックで拡大パゴダ群と虹(2)
 年 代  1277年
 場 所  都城の南門を出て数100m南へ行くと、右手に大きなパゴダが見える。エーヤワディー川の岸にも近い。
2008年現在、登れなくなっているようだ。
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◆2 グービャクジー寺院
建物外壁の装飾 クリックで拡大建物外壁の装飾 寺院正面 クリックで拡大寺院正面   12世紀初め、チャンシッター王の息子・ラージャクマール王子が、父王の死に際して建てた寺院。
  入口から入って正面に仏像が安置される。その周りに回廊が設けられ、小さな窓から光が差し込む。このような建物は、ピュー族の様式だという。
  その回廊であるが、内側壁面には仏龕がうがたれて仏像が祀られるが、注目すべきは回廊の外側壁面である。正方形のマス目に仕切られたフレスコ画で埋め尽くされ、たいへん美しい。これらの壁画は、この寺院建立以来のオリジナルのものと考えられ、バガンで最も古い壁画となる。ただしその貴重性からだろうか、内部は撮影禁止であった。
 年 代  1113年
 場 所  ミンカバー村の北部
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◆3 ミャゼディパゴダ
ミャゼディパゴダ クリックで拡大ミャゼディパゴダ   グービャクジー寺院の裏側に金色のパゴダが輝いている。土台部分が真新しいが、グービャクジーと同じラージャクマール王子が建てたものである。
  このパゴダを有名にしているのは、この付近で発見された1112年の「ミャゼディ碑文」である。石柱の4面に、ビルマ・モン・ピュー・パーリの各語が刻まれており、パーリ語を元に他言語の解読が可能になった。その意味で「ビルマのロゼッタストーン」などとも言われる。なお、この碑文がビルマ語最古の文献とされる。内容は、寺院の建設者ラージャクマール王子が、父のチャンシッター王に対する思いを述べているものである。
 年 代  12世紀前半
 場 所  ミンカバー村の北。グービャクジー寺院の南隣
ミャゼディ碑文 2つあり、1つは考古学博物館、もう1つは寺院の境内に保管されている。
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◆4 ミンカバーパゴダ
ミンカバーパゴダ クリックで拡大ミンカバーパゴダ   小さいパゴダだが、バガンでもかなり古いものである。
  バガン朝の事実上の建国者アノーヤター王は、先王で異父兄弟のソッカデ Sokkade 王を決闘の末殺害して王位に就いたが、その先王の慰霊のために、遺体を流したとされるミンカバー川のそばにこのパゴダを建てた。アノーヤター王がモン族の国タトンを征服する前のもので、パゴダの形もモン族の影響を受けていないものだという。
 年 代  11世紀
 場 所  ミンカバー村。中央を通る道路の東側
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◆5 マヌーハ寺院
マヌーハ寺院全景 クリックで拡大マヌーハ寺院全景 正面の仏座像 クリックで拡大正面の仏座像 背面の涅槃像 クリックで拡大背面の涅槃像   1057年、アノーヤター王はモン族の国タトンを征服し、タトン王マヌーハは捕虜としてバガンへ連行された。マヌーハは寺院を建てることを許されるが、その際、囚われの身の自分を表すように設計したと言われる。
  寺院に入ると建物いっぱいにつくられた仏座像にビックリする。人が通るのもやっとである。それが正面に3体あり、裏には涅槃仏が1体置かれていた。涅槃仏は、涅槃=死ぬことによってしか自由になれないという、マヌーハ王自信の境遇を示しているとも言う。
 年 代  1059年
 場 所  ミンカバー村ほぼ中央
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