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 見どころ紹介     バガン遺跡(4)     ミンカバー村の南からニューバガン

  ミンカバー村からさらに南をめざすと、人家は消え、灼熱の平原に数々のパゴダが点在する。村から2kmほど行くと、整然とした集落になる。ここニューバガンは、遺跡保護のためオールドバガン(城壁内)から強制的に移住させられた人たちが集まっているという。この辺りがバガン遺跡の最南端となる。
  ミンカバー村方面から、北から南へ順に紹介する。

 参 考 (別ウィンドウが開きます)
  パガン遺跡の地図(各寺院・パゴダへジャンプ可) →here
  パガン時代の年表・寺院の建立年代 →here 

内容
1.アベーヤダナー寺院
2.ナガーヨン寺院
3.パウドームーパゴダ
4.ソーミンジー僧院・パゴダ
5.セインニェアマ寺院・セインニェニマパゴダ
6.ペッレイパゴダ
7.ローカナンダーパゴダ
 関連ページへ 
マンダレー(全3ページ)
バガン遺跡 概略
(1)ニャウンウー・オールドバガン東部
(2)オールドバガン
(3)オールドバガン南部・ミンカバー村
(5)オールドバガン南東・ミンナトゥ村
ヤンゴン(全1ページ)

◆1 アベーヤダナー寺院
アベーヤダナー寺院 クリックで拡大アベーヤダナー寺院   のちのチャンスィッター王(第3代、在位1084-1113年)は、第2代・ソールー王(在位1077-84年)と敵対していた時、ナガーヨン寺院に身を隠したが、その時チャンスィッターの幼なじみで妻のアベーヤーダナーは少し離れたこの辺りで待っていた。のちに王になったチャンスィッターはここにナガーヨン寺院に似た寺院を建て、その寺院に妻の名前をつけたという。
  見どころは内部のフレスコ画というが、残念ながら筆者は見ていない。
 年 代  1102年
 場 所  ミンカバー村から南へ向かう道の右手(西方)
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◆2 ナガーヨン寺院
ナガーヨン寺院全景(1) クリックで拡大寺院全景(1) ナガーヨン寺院全景(2) クリックで拡大寺院全景(2) 寺院正面 クリックで拡大寺院正面 本尊の仏立像 クリックで拡大本尊の仏立像 薄暗い回廊 クリックで拡大薄暗い回廊
  のちのチャンスィッター王が、第2代・ソールー王と敵対していた時、大蛇(ナーガ)が彼に隠れ家を与えた。チャンスィッターが王位を就くと、その場所に寺院を建て、ナガーヨン(ナーガによって与えられた隠れ家という意味)と名付けた。
  建物正面には仏立像が3体並ぶ。中央の本尊は、寺院のいわれの通り、ナーガの覆いの下に立っている。中央の仏像の部屋を囲む回廊はかなり暗いが、よく見ると楽隊とダンスなどの壁画が残っている。
 年 代  1113年
 場 所  ミンカバー村の南部。道の東側
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◆3 パウドームーパゴダ
パウドームーパゴダ クリックで拡大パウドームーパゴダ   高さは約5mと小さいが、ユニークな形は一見の価値がある。八角形の基壇にベル型の部分が乗り、最上部は四角錐に近い形になっている。
  11世紀建立の古いものだが、レンガで覆われていたため保存状態がいいようだ 。
 年 代  11世紀
 場 所  ナガーヨン寺院の南、ソーミンジー僧院と道を挟んだ辺り。少し奥まったところにあり、わかりにくいかも。
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◆4 ソーミンジー僧院・パゴダ
僧院正面(東側) クリックで拡大僧院正面(東側) ソーミンジー僧院(左)とパゴダ(右) クリックで拡大僧院(左)とパゴダ(右)   「ソーミン」というのは、王妃や王女のことなので、おそらくそのような高い身分の女性が寄進したものと思われる。南側に僧院、北側にパゴダがある。
  僧院はレンガ造りで、東側(道路に面した方)が正面である。正面入口には門のあとも残る。建物は中央部(仏像が置かれている)が2階建てになっている。
  僧院の北のパゴダは、それほど大きくはないが、バランスのいい形をしている。
 年 代  1204年
 場 所  ナガーヨン寺院の南西。道路沿いにある。
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◆5 セインニェアマ寺院・セインニェニマパゴダ
寺院(左)とパゴダ クリックで拡大寺院(左)とパゴダ 寺院とパゴダ遠景 クリックで拡大寺院とパゴダ遠景   11世紀の王妃・セインニュが寺院を建て、その妹がパゴダを建てた、と言い伝えられるが、ともにバガン後期の建築の特色が見られ、13世紀ころのものだと考えられている。
 年 代  11世紀(13世紀?)
 場 所  ミンカバー村とニューパガンのほぼ中央。道路の東側
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◆6 ペッレイパゴダ
レンガのレリーフ クリックで拡大レンガのレリーフ パゴダ全景 クリックで拡大パゴダ全景   アノーヤター王が建てた古いパゴダ。「ペッレイ」とは巻かれた葉の意味で、パゴダの形からこう呼ばれるという。
  1905年の発掘調査でパゴダの基礎を調べると、意外にも屋根付きの回廊が現れ、回廊の壁にはジャータカの場面を示すレンガのレリーフがはめ込まれていた。発掘されて100年しか経っていないので、今でも保存状態はよい。
 年 代  11世紀
 場 所  ニューバガン。ローカナンダーパゴダへ続く土産物屋街の裏で、少しわかりにくい
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◆7 ローカナンダーパゴダ
金色のパゴダ クリックで拡大金色のパゴダ エーヤワディー川のほとり クリックで拡大エーヤワディー川のほとり   アノーヤター王が、仏歯を納めるために建立したパゴダ。バガンの最南端にあたり、当時、バガンにやってきたヤカイン(アラカン)、モン、スリランカなどの船が最初に目にしたバガンのシンボルだった。
  現在も、土産物屋が多く店を出し、たくさんの人が訪れる場所である。
 年 代  1059年
 場 所  ニューバガンの町の西、エーヤワディー川に面したところ
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