タイトルリンクバー HOME エーヤワディー川TOP ビルマ黄金ルートTOP 前ページ 次ページ

'04 ビルマ黄金ルート 旅日記から(2) ----2007年8月23日

[行程]
タクシーをチャーターして、マンダレー近郊をめぐる(インワ・ザガイン・アマラプラ) マンダレー(泊)

由緒ある3都市をめぐる
インワ
ザガイン
アマラプラ
この日のデータ
 旅日記 別の日へ 
(1)入国・マンダレーヒル
(3)マンダレー市内
(4)船でバガンへ
(5)バガン1日目
(6)バガン2日目
(7)ヤンゴンへ移動
(8)ヤンゴン市内・帰国

  きのうGHのそばで会ったおじさんに、タクシーで近郊3都市を10ドルで案内するよと誘われOKした。9時に待ち合わせの場所に行くと、古いマツダの自動車「B400」と運転手、そしてきのう会ったおじさんがガイド役として待っていた。
  今日行く3都市は、時期の長短はあるが、いずれも王都となったことがある。
  バガン朝崩壊後、シャン族が上ビルマ(今日のマンダレー周辺)を制圧し、1315年ザガイン(サガイン)に都をおいた。1364年、シャン族の王サトウ・マンパヤー(タドーミンビャー)がシャン・ビルマ連合のインワ朝を始め、新たな都・ラタナプーラ(「宝石の都」の意味)を築いた。これが今のインワ(アヴァ)で、1555年にタウングー朝に征服されるまで王都であった。そのタウングー朝は1629年インワに遷都し、再び王都となった。
  1752年タウングー朝は滅んだが、まもなくビルマ族を束ねたアラウンパヤー王がコンバウン朝を建てた。この王朝は短期間で遷都を繰り返し、都は 1760年ザガイン→1764年インワ→1783年アマラプラ→1823年インワ→1841年アマラプラ→1857年マンダレーと移った。(1885年マンダレーは英国に占領されビルマ王国は滅ぶ。)
アマラプラの王宮跡
アマラプラの王宮跡
左の歴史については、「東南アジアを知る事典」(平凡社、旧版・新版とも)を参考にして記述しました。

もっと詳しく
近郊3都市の歴史
  詳細

上へ戻る

馬車でまわる クリックで拡大馬車でまわる ハンドクラフトセンター クリックで拡大ハンドクラフトセンター   まず、インワへ向かう。途中「ハンドクラフトセンター」に寄って刺繍の様子を見せてもらう。その他工芸品を売っていたが、あまり興味がないので何も買わなかった。しばらく行くと道が途絶え、大きな川(ミッゲー川)が現れた。渡し船に乗りかえて対岸のインワへ渡った。そこで馬車を雇い、インワの見どころをまわってもらった。
  川の水量が多く、あちこちに水たまりもあった。聞くと、2週間前まで洪水のためこの辺り一帯は水浸しだったそうだ。この村の人たちもマハーアウンミェ僧院に避難したという。インワは町というより村で、未舗装の道が続き人気も少ない。前述のように数百年にわたって都がおかれたとは全く想像できないが、よく見ると古そうなパゴダが点在している。
  次の3か所を順番に訪れたが、いずれも19世紀前半の建造で、200年近い歴史を経たものである。
バガヤー僧院外壁の彫刻 クリックで拡大バガヤー僧院外壁の彫刻(1)バガヤー僧院  ここまで船着き場から馬車で20分あまり。ここでインワの入域料4000Kを払った。僧院は重厚なチークづくりで、中へ入ると何本かある柱もとても太く抱きかかえられない。外壁を飾る木彫りも豪華だ。
(2)監視塔  少し傾いているが上まで登れる。野原の真ん中に建っているので、インワの村の様子や遠くザガイン鉄橋まで見渡せる。子どもの物売りが、木彫り・コイン・石細工などを売っていて、けっこうしつこい。
(3)マハーアウンミェ僧院  現在は使われていないが、レンガ造りで華やかな雰囲気がある。物売りのおばさんから絵はがきを買うと、おばさんはEUROの換算ができる電卓を持ってきて、これはどう使うのか聞いてくるので、一応説明したがわかったかな?
  船着き場へ戻ると、木陰で若い男たちがギャンブルに興じている。途中会った土産物屋は女性と子どもばかりだったのに。
インワ略史 詳しくは→
14-16世紀に上ビルマを支配したインワ朝の都として栄えた。1629年、タウングー朝がここに遷都。コンバウン朝時代には、1764-82年と1823-41年に王都となった。

もっと詳しく
インワ(アヴァ)
  詳細・写真

監視塔からの眺め クリックで拡大
監視塔からの眺め マハーアウンミェ僧院外観(正面) クリックで拡大
マハーアウンミェ僧院
上へ戻る

  再びタクシーで少し走ると、エーヤワディー川をまたぐインワ鉄橋に至る。その前で外国人は入域料2000Kを支払う。また、ここから違う管区へ入るので(マンダレー管区からザガイン管区)ビルマ人も記帳しいくらかお金を払っている。この鉄橋は軍事的にも重要なようで、歩哨が立っている。まん中に線路が1車線、その両脇に道路が片側1車線ずつある。
ザガインヒルからの眺め クリックで拡大ザガインヒルからの眺め   ザガインはけっこう繁華な町で、赤茶色の僧衣を着たお坊さんが目立つ。ザガインヒルに登る。きのう登ったマンダレーヒルに似ているが、靴を履いたまま登れた。昼間なので暑いし、階段もきつい。休み休み上り、頂上のパゴダまで30分以上かかった。頂上からはエーヤワディー川やインワ鉄橋、そして無数の白いパゴダで埋め尽くされているこのザガインヒルの情景がよく見えた。パゴダを見物していると、若いお坊さんが数珠と交換に寄付を迫ってきたので、100K寄付した。しかしお坊さんが寺の境内で寄付を強要するとは、タイでは考えられない。
  この後おじさんが案内してくれた中華料理店で昼食をとり、再びインワ鉄橋を渡ってアマラプラへ向かった。

もっと詳しく
ザガイン(サガイン)
  詳細・写真

インワ鉄橋(ザガイン鉄橋) クリックで拡大
インワ鉄橋(ザガイン鉄橋)
上へ戻る

  ここは織物が特産らしく、町に入るとあちこちから機織りのカッタン、カッタンというリズミカルな響きが聞こえる。 工房兼土産物屋でタクシーを降ろされ、機織りの様子を見学した後、おもな見どころをまわった。
(1)ウーベイン橋 チャウットージーパゴダ クリックで拡大チャウットージーパゴダ ウーベイン橋とお坊さん クリックで拡大ウーベイン橋とお坊さん   160年前に湖に架けられた木製の長い橋。歩くと15分以上かかる。保護のためか、橋の両端には柵が設けられ歩行者のみ渡れるようになっている。湖の上なので適度に風はあるが、日差しはきつい。ところどころ橋の脇に屋根とベンチがついた休憩所がつくられていて助かる。湖に入って胸まで水に浸かりながら釣りをしている人が多い。
  橋を対岸まで渡りきった辺り、この前の洪水のためか、橋が一部壊れ修理中だった。そこからさらに6,7分歩いて、チャウットージーパゴダを見学した。とくに4つの入口の天井には、星座やパゴダなど町の風景を描いたフレスコ画がよく残っていた。
(2)パトドージーパゴダ   大きな真っ白いパゴダ。リスが何匹かいた。
(3)王宮跡   建物が2つ残るのみで、王宮の面影はなかった。これで今日の日程は終了。夕方4時半ころマンダレーに戻ってきた。

もっと詳しく
アマラプラ
  詳細・写真

上へ戻る

【データ】

9:00 タクシーに乗ってマンダレーを出発。タクシー代10USドル
10:00ころ ミッゲー川を渡し船で渡ってインワへ。往復1000K
 インワでは馬車を雇い約1時間半かけて街をまわる。2500K
 バガヤー僧院・監視塔・マハーアウンミェ僧院 入域料4000K
11:45ころ 再び川を渡り、タクシーに乗り換え、ザガインに向かう。
 インワ鉄橋で入域料を支払う。2000K。ザガインヒルに上る。
 その後昼食。再び鉄橋を渡り、アマラプラへ。
14:00ころ アマラプラ着。;織物工房・ウーベイン橋・パトドージーパゴダ・王宮跡
16:30ころ マンダレーへ帰着。GHへ帰り休憩後、夕食
★memo これらの都市に自力で、つまりバス等を使っても行けるが、 効率を考えたらマンダレーでタクシーをチャーターするのを薦める。値段もそんなに高いとは思わない。
1ドル=900K。100K≒12円
上へ戻る
リンクバー HOME エーヤワディー川TOP ビルマ黄金ルートTOP 前ページ 次ページ