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'07-'08 遥かなり、メーホンソーン   旅日記から(4) ----2008年1月1日

[行程]
現地ツアーに参加 ビューポイント→黒ラフ族の村→タム=ロート洞窟→リス族の村→タム=プラー。メーホンソーン(泊)

◇盛大な托鉢で迎える新年
◇霧を抜け、雲を見下ろす
◇黒ラフ族の村で考える
◇川が流れる洞窟 タム=ロート
◇働き者で美人 リス族の女性たち /  データ
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(1)メーホンソーンへ到着
(2)ツアーで郊外へ
(3)市内散策
(5)チエンマイへ
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◆見どころ ◆旅のパーツ

  朝起きると窓の外からマイクの声がにぎやかだ。見ると、朝霧に包まれた町にたくさんの人が集まり、観光客がカメラを持って何かを待っている。早速外へ出てみると、隣のワット=フアウィアンから、僧侶が托鉢に出てきた。それに寄進する信者がずらりと両側に並ぶ。そしてそれを見物する観光客が取り巻く。道沿いの店も朝早くから托鉢セットを売っていた。
  お坊さんの鉢はすぐに一杯になるので、大きなズタ袋を持った人が付き添い、寄進されたものを次々とズタ袋に入れていく。お坊さんは寺院の門から次から次へと出てくる。60歳過ぎのお坊さんから、列の最後の方は4、5歳の小坊主がチョコチョコ歩いている。全部で100人くらいいただろうか。結構な数でびっくりした。
新年の托鉢の行列 クリックで拡大 新年の托鉢の行列 お坊さんの鉢はすぐ一杯になる クリックで拡大 お坊さんの鉢はすぐ一杯になる 列の最後は小坊主たちだった クリックで拡大 列の最後は小坊主たちだった
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  9時少し前にRose Garden Tourに行くと、30代の日本人の男性が待っていた。私たちと一緒に行くという。ガイド兼運転手は2日前と同じN氏、予定通り9時に出発した。
  霧にかすむ町を出て、タム=プラーを通過、車はパーイ方面へ道を登る。峠の見晴らしのいい場所で小休止。真っ青な空、澄んだ空気。白い雲が下に見える。少し行くとやはり眺めいいドライブインがあった。新年のため、地元のラフ族の人たちの音楽と踊りが披露されていた。何人かが竹製の笙に似た楽器を演奏し、おばさんたちが横に並んで踊る。女性の衣装は黒を基調に白い縁取りのあるデザインだ。続いてタイヤイ族の2人の少女が、孔雀のようにピンクや緑の鮮やかな羽をつけて、どらや太鼓に合わせて踊る。たくさんの観光客に囲まれて、ちょっと緊張気味だ。 雲を見下ろす クリックで拡大 雲を見下ろす ラフ族の歌&踊り クリックで拡大 ラフ族の歌&踊り タイヤイ(シャン)族の孔雀踊り クリックで拡大 タイヤイ(シャン)族の孔雀踊り
同行の彼は2日前飛行機でやって来て、明日飛行機で帰るそうだ。忙しい日程だが会社を休めないという。やはり宿は一杯で私たちと同じくメーティーホテルだそうだ。東京のタイ料理店に通ってタイ語を習ったのである程度わかるという。したがってガイド氏は今日もタイ語だ。
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  車は国道からメーラナー方面へ左折し、どんどん山の中へ入っていく。谷あいの細い道を通り、やっと黒ラフ族の村バーン・パーンカームノーイに着いた。この会社のツアーでしか訪れない村だという。(極端な観光化を防ぐため、旅行会社どおし調整をしていると聞いた。)そのためだろうか、ガイド氏はみんなに笑顔で声をかけながら、「新年だから黄金のプレゼントだよ」と金色の包み紙のチョコレートを配っていく。子どもはもちろん、大人も年寄りもうれしそうに受け取る。また、以前来たときに撮った写真を持って来て本人や親に渡している。村には雑貨屋もなく、お菓子や写真はかなり遠くの町まで行かないと手に入らないようだ。
左の家の中 囲炉裏がある クリックで拡大 左の家の中 囲炉裏がある おじゃました家の入口 クリックで拡大 おじゃました家の入口   最初に1軒の家におじゃまする。階段を登って中へ入ると、老夫婦とその娘さんが迎えてくれた。壁は木の板だが床は竹でできていて、囲炉裏に火が燃えていた。囲炉裏のそばは、台所兼だんらんの場所でのようだ。ご主人の話では、壁は隙間だらけだが囲炉裏の煙で虫が家の中に入ってこないと言う。隣は寝室になっているが、寒いと囲炉裏のそばで寝るらしい。
  このあとも何軒かおじゃましながら、村をぐるっとまわった。最後に訪ねた家では、ガイド氏が持って来た自分の写真にものすごく照れる女の子たちがいた。照れながらもうれしそうに写真を見たあと、畑からもいできた夏みかんをむいてご馳走してくれた。つけるとおいしいよと塩も持ってきてくれた。素朴なおいしさだった。
山あいにたたずむラフ族の村 クリックで拡大 山あいにたたずむラフ族の村   最後に学校を見せてもらう。授業はやってなかったが、子どもや親たちが集まって校舎の補修を手伝っていた。先生の宿舎には村で唯一の冷蔵庫があった。待遇をよくしないと来てくれる先生がいないという。校舎に似つかわしくない立派な衛星用アンテナが立っていたが、これは衛星放送で送られてくる教育プログラムを受信するために、王室プロジェクトの一環で整備されたという。ガイド氏は、バンコクから毎年トラックで教材や教科書などを運ぶより便利なのでこうしていると説明してくれた。
  たしかに「モノ」は少ないかもしれない。でも彼らは、山で薪を拾い、畑で自給用の作物や果物を栽培し、本当の意味で「エコ生活」をしていた。「この村ではみんなが助け合い、無いものを補い合って、一つの家族のように暮らしています。喧嘩なんかないんですよ。」とガイド氏は説明したくれた。私たちにこのような暮らしをせよ、と言われても無理かもしれないが、考えさせられることが多かった。私たちは、あまりにも資本主義に毒されて「余分なモノ」に振りまわされていないだろうか!?

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山岳民族の村々

バーン・パーンカームノーイ村のデータ
人口160人。
村はなだらかな斜面に立ち、家は高床式。電気は昨年に来たばかりで、蛍光灯以外、電化製品はほとんどない。水道は近くの山の湧き水をパイプで引いてきている。車(ピックアップトラック)は村で1、2台しかない。近くの畑で米、赤豆、トウモロコシなどを栽培し、森から薪を拾い暮らしているという。
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  パーンマパー(ソッポン)の町で食堂に入り、カオソーイを食べる。町といっても国道沿いに商店や市場が200mほど並ぶだけだが、リス族の民族衣装を着たおばさんたちがふつうに町を歩いていて、同じ店でカオソーイを食べている人もいた。
  国道から脇道へ入って5、6km行くとタム=ロートだ。ここも駐車場は一杯、中も大賑わいだ。受付でいかだ代(4〜5人乗り)と灯油ランプ代を支払い、私たち3人でシェアする。まもなくランプを持ったおばさんがやって来て案内してくれる。ここで働く人はみんな近くの村の住人だそうだ。
タム=ロート入口 いかだ乗場 クリックで拡大 タム=ロート入口 いかだ乗場   入口は思ったより大きく、ここから竹で作ったいかだに乗る。いかだにはランプを持ったおばさんが先頭にすわり、竹ざおを持った男の人が後ろで操る。洞窟内は真っ暗で、じめっとした冷たい空気が頬をなでる。
  まもなく川原にいかだが横付けされた。いかだを降りて歩く。おばさんがランプを足元を照らしてくれる。タム=サオヒン(石柱洞窟)は名前の通り、様々な形の鍾乳石を見ることができる。そのまま川の上に架かる橋を渡り、さらに急階段を登ると、タム=トゥカター(人形洞窟)だ。小さな石筍が一面に並ぶさまがたくさんの人形に見える。ここには先史時代の動物の壁画もあるが、残念ながら観光客が触ってほとんど消えかかってしまっている。
  このあと再びいかだに乗り、反対側の入口が見えるあたりで下りる。また階段を登ると、タム=ピーメーン(棺桶洞窟)で、数千年前の木製の棺桶がいくつか残されている。大きいものは5mほどあるだろうか。小さいものは子ども用のものだと推定されている。この辺り、コウモリの鳴き声が響く。毎日夕方になると洞窟から無数のコウモリが飛び出し、同時に無数のツバメが帰ってくるという。機会があればまた見に来たいものだ。
高さ20mの石柱 クリックで拡大 高さ20mの石柱 たくさんの小さな人形に見える クリックで拡大 たくさんの小さな人形に見える タム=ピーメーンの棺桶 クリックで拡大 タム=ピーメーンの棺桶 反対側の入口 クリックで拡大 反対側の入口 いかだ乗場

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タム=ロート

この洞窟の内部をラーン川が貫流している。2年前の大雨のときはこの川が増水し、近くの橋も流されたという。洞窟内にもこのとき運ばれてきた土砂や増水の跡が残っていた。
内部は(1)タム=サオヒン、(2)タム=トゥカター、(3)タム=ピーメーンの3つの小洞窟がある。
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リス族の家 クリックで拡大 リス族の家 お土産を売りに来た少女 クリックで拡大 お土産を売りに来た少女   再度パーンマパーの町を通り、リス族の村・バーン・ノーントーンを訪ねた。家は高床式で木で作られ、屋根はトタンが多い。ある家では、畑で取れた赤豆を干して選別作業をしていた。トウモロコシも干してあったが、今年はトウモロコシは高く売れるが、赤豆は15kgで270Bと、去年より70Bも値段が下がってしまったという。
  この村は多くのツーリストが来るそうで、先ほどのラフ族の村のような隔絶感はない。びっくりしたのは、この小さい村で西洋人と結婚した娘さんが2人、日本人と結婚した娘さんが1人いるという。リス族の女性は働き者で美人という評判だそうだ。ガイド氏が、この村に不釣合いな大きさとデザインの「モダンな」コンクリートの家を指して、あれは西洋人と結婚した娘の家だよと教えてくれた。その娘さんのお父さんと話すと、残念ながらもう離婚してしまい、娘さんは子どもを引き取って村に帰ってきたという。外国人と結婚しても、習慣や文化の違いから離婚してしまう例も多いらしい。
  帰りにタム=プラーに寄る。私たちは2日前に見たが、同行の日本人は初めてなので付き合う。さすがに午後5時ということで、観光客もまばらだ。午後6時前にメーホンソーンに帰って来た。2日間お世話になったガイド氏にお礼を行って別れる。2日間とても楽しいツアーになった。
  明日はチエンマイへ帰る予定なので、バスターミナルでロット・トゥー(定員制の乗合バン)の予約に行ったが、全便満員と言われ、ローカルバスで行くことにする。ローカルバスは予約できないので、出発30前に来るように言われた。ここでひげ面の若い日本人に声をかけられた。彼はこの町で初めて日本人に会ったので、思わず声をかけたと言う。明日チエンマイへ帰ろうか迷っている、このあとは青蔵鉄道に乗りに行くそうだ。うらやましい。(この年の3月、チベットでは反中国暴動が発生した。大丈夫だろうか?)
  メーホンソーン最後の夜。お気に入りの食堂「ラーン・ルアンマイ」で夕食をとり、顔なじみになった店の人に明日帰るね、とお別れをする。今日もにぎやかなチョーンカム池周辺のナイトバザールに出向いて、昨日買ったリス族のかわいい子の店で買い物。その隣のやはり、別のリス族のかわいい子の店で品物を見ていると、偶然今日のツアーで一緒になった日本人と出会った。ほしいものを一緒に値切って入手し、彼女と一緒に記念撮影をお願いした。その時買った財布は今も愛用している。名残惜しいが、明日は数時間の移動だ。早めに宿へ帰った。
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山岳民族の村々

バーン・ノーントーン村は、3つの沼の村という意味で、その沼では魚の養殖をしているそうだ。
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【データ】

7:00ころ 新年の托鉢見学(ワット=フアウィアン)/その後チョンカム池を見ながら、店で買ったパンとコーヒーの朝食。2人で25B
9:00 Rose Garden Tour を出発/9:40-10:20 ビューポイント/10:50-12:20 黒ラフ族の村バーン・パーンカームノーイ
12:40-13:10 パーンマパーの町で昼食。カイ・ソーイ20B。
13:30-15:00 タム=ロート洞窟。いかだ往復400B+ランプ代150B。3人でシェアし1人当たりおよそ180B。
15:20-16:00 リス族の村バーン・ノーントーン/17:00すぎ タム=プラー/18:00少し前 メーホンソーンに帰着。ツアー代1人1450B。入場料等込み(12月30日に支払済み)
夕食 「ラーン・ルアン・マイ」にて。トムヤム・プラー・チョン(雷魚のトムヤム)、トート・マンプラー(魚肉のさつま揚げ)、ヤム・ウンセン(春雨のタイ風サラダ)、ご飯、ビアシン2本、マナオジュース。2人で380B
ナイトバザールで買い物。
宿泊:同前(メーティーホテル 250B(2人、トイレ・温水シャワー付)
※100円≒29.8バーツ、1バーツ≒3.3円 上へ戻る

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