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バンコク  雑記帳(2)   あやしい日本語・タイ語 他

  バンコクは世界有数の近代都市として発展している。そのため、「カルチャーショック」を感じることも少なくなった。
  それでもやはり異国である。えっと思うことやにやっとすることを、思いつくまままとめてみた。
内容
ゾウの悲しき後ろ姿
あやしい日本語・タイ語
タイ的合理性
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雑記帳(1)

  ゾウはタイを代表する動物である。タイの観光地でゾウに乗ったりした方も多いと思う。今でも白ゾウが見つかると、必ず王様に献上しなければならないという。
  そのゾウがピンチである。もともとゾウは、戦争・運搬・乗り物用や、あるいは山岳部での木の切り出し等に使役するため人間に飼われ、調教されてきた。ところが今日では、戦争や運搬などにもちろんゾウは使わないし、森林面積の激減のため、自然木の切り出しが禁止されているので、その方面の仕事もなくなってしまった。
  しかしゾウ使いで生計を立てている人は昔からいるわけで、しかもゾウは巨体のため食べる量も半端ではない。そこでエサ代を稼ぐためにも、ゾウを観光に利用しようというわけで、アユタヤなんかでもゾウに乗れる場所が、私の知る限りでも2か所もある。少し前は1か所もなかった。
  それでも余ってしまうゾウもいる。そんなゾウがバンコクに出稼ぎに来る。プラ・プームやスクンウィット通りなど外国人観光客が多いところに夜な夜な出没し、愛嬌を振りまいてえさのバナナをねだる。バナナは1房20Bほどでゾウ使いから買い、ゾウに食べさせることができる。見ていてたいへんかわいいのだが、少し考えるとゾウのたいへんさがわかるだろう。
  バンコクの街の中にゾウのねぐらはないので、どこか郊外の空き地で暮らし、夕方になるとそこから暑くて堅く、自動車であふれかえるコンクリートやアスファルトの道路を、延々何qも歩いてくるのだろう。そして観光客に愛嬌を振りまいた後、深夜にまたねぐらへ帰っていく。夜にはゾウと車がぶつかる交通事故が起き、ゾウがけがをすることもある。
  ある夜バンコク市内で見たゾウは、しっぽに事故防止用に赤い点滅電球をつけ、ゾウ使いに連れられてトボトボと大通りの端を歩いていた。なんかとても寂しげな後ろ姿だった。
この項目の記述は、
桜田育夫著 『タイの象』(めこん、1994年)を参考にさせていただいた。
タイの象のことが詳しくまとめられているので、興味ある方はぜひご覧いただきたい。


このような象やけがを負った象を保護する国立の施設が、北タイのランパーン県にある。そこを訪ねた時の記録は→here ビア・シン クlリックで拡大 ラムパーン象保護センター
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  タイなど東南アジアへ行くと、あやしげな日本語を見つけて苦笑された向きも多いと思う。日本語を知らない人が日本語を書くとどうなるか、見ていてなかなかおもしろいものではある。一例を挙げよう。あるクーポン食堂で日本料理を出す店に「チツハンズシ」という日本語が書いてある。何の料理だろう? このカタカナではさっぱりわからなかったが、併記してあったタイ語を読んでわかった。正しくは「テッパンズシ」……鉄板寿司ってなんだろう?という疑問は解けなかったが。
  またタイではあえて日本語でブランドイメージをつくっている企業もある。バンコクのあちこちで目にするお菓子の「Akiko」は、ドライマンゴーのパッケージにあえて日本語で「乾いたマンゴー」と書いている。ちょっと不自然な日本語ではあるが。「すいか」というブランドの服屋もあり、若者に人気だという。
  ただこの辺りの事情は、何でも英語で書けばよいと思っている日本と同じであろう。そしてあやしげな外国語という点でも、日本はタイと同じだということを発見した。
  かつて名古屋空港が国際空港だったころ、あやしげなタイ語の看板を発見した。少しタイ語の話になり恐縮だが、まず、タイ語で外国人を表す「チャオターンチャート」の1つ目のトータオの文字にマイエーク(声調記号)がなかった。日本を表す「ジープン」のジーの母音がサラ・イーではなくサラ・ウー(uu)でしかもマイエークなし、さらにポープラーにもマイエークがなかった。したがって発音すると「ズープン」となってしまう。さしずめ「外国人」を「外匡人」、「日本」を「日木」と書いてあるようなものだ。仮にも日本で屈指の国際空港にこんなあやしげな看板を出すとは……。タイ文字を知らない日本人がどっかの本を写したんだろうが、これを見たタイ人はきっと苦笑しているんだろうなあ。
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  タイを何度も旅して気づいたことなのだが、日本に比べてタイの方が「合理的」な部分が多いと思う。
  「タイ的合理性」のいちばんいい例はバンコク市バスの乗降である。一応バス停はあるのだが、冷房のないバスはドアを開放して走っているので、信号や渋滞で止まれば自由に乗り降りできる。バス停より目的地に近い場所で乗降できるわけだ。このシステムを知って以来、日本のバスはなぜそういう融通が利かないのだろうと思うようになってしまった。
  バンコク市バスでいうなら、もう一つある。それはバス停が近くの日陰に移動してしまうことだ。バス停のそばに街路樹や建物の日陰ができていると、本来バス停の前で待つべき人々がそこへ移動して待っている。あの暑さの中、日なたで待っているのはタイ人にとってもたいへん苦痛なのだ。バスの方も本来のバス停に止まらす、乗客が待っている日陰で止まってくれる。
  タイや他の東南アジアが肌に合うかどうかは、この「合理性」(ある意味、いい加減さ)を受け入れられるかどうかにかかっている気がする。
バンコク市バスについては、いつの間にかすべてドアを閉めて走るようになった。開け放ったドアから乗客が転落する事故が多いためだと思う。しかしそこはタイ。今でも信号や渋滞で止まっていれば、車内でブザーを押したり、車外で手を出して合図すれば、そこでドアを開けてくれる運転手も多い。(ただし、乗降の際には、他の車やバイクに十分注意すること。この辺りは自己責任である。)
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