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バンコクまち歩き 1
いにしえのバンコクを歩く(後半) เกาะรัตนโกสินทร์ 
 このページの内容 
民主記念塔からスタート
ラーマ3世記念広場とマハーカーン砦
「黄金の丘」プーカオトーン
「鋼鉄の宮殿」ローハ=プラサート
仏具街とサオ=チンチャー
◆◆以上は「前半」のページ
ワット=スタットで瞑想
もと刑務所の矯正博物館
インド寺院・中国寺院
締めくくりはアイスクリーム

 関連ページへのリンク 
◆バンコクまち歩き
 いにしえのバンコクを歩く◄now
 乗合船で行くプラカノーン運河
  日々変わりゆくメガポリス・バンコク。そんなバンコクで、昔ながらの雰囲気を残す場所を訪ねてみよう。
  チャオプラヤー川の対岸・トンブリーからバンコクに王都が移されたのは1782年。その直後から開かれた古い地域(ラッタナコーシン島という)が王宮の東側に残っている。繁華街が東へ移ってしまった今、この辺りは時代から取り残されたような建物が並び、けだるい雰囲気が漂う。
このページの記述について
1)2002年8月以降、数回訪ねた記録がもとになっています
2)以下の文献を参考にさせていただきました
・友杉孝 著『図説 バンコク歴史散歩』河出書房新社、1994年
・近石広信 著『バンコクなっとく遊歩術』凱風社、2000年
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◇ワット=スタットで瞑想  วัดสุทัศน์เทพวราราม
Wat Suthat Click to enlarge ワット=スタットの大きなウィハーン   サオ=チンチャーの向かいに、塀で囲まれた大きな寺院・ワット=スタットがある。ラーマ1世王の時代から創建が始まった。この辺りの道路は交通量も多く、車の騒音も激しいが、一歩中へ入ると静寂が訪れる。ホッとする一瞬である。ウィハーン(礼拝堂)には、はるばるスコータイのワット=マハタートから招来した金色に輝く仏像が鎮座し、壁に描かれた絵も美しい。数人が大仏の前に座って瞑想している。最近のバンコクでもストレスに悩む人が増えているようで、お寺で瞑想することがはやっているという。心地よい静けさの中、目をつむって座っていると、たしかに心が落ち着く。こういう場所が身近にあるタイがうらやましい。
Wat Suthat Click to enlarge ウボーソットの仏像
ラーマ1世王は、新王都バンコクにふさわしい大寺院を望み、アユタヤーのワット=パナンチューンの礼拝堂に匹敵する大きさの寺院の建設を始めたが、存命中に完成しなかった。次のラーマ2世王が建設を続け、寺院をワット=スタットと命名し、さらにラーマ3世王の時代にようやく完成を見た。寺院には仏塔がないが、仏教で重要とされる7種の木がもともとあったため、これを仏塔のかわりにみなしているからである。
本尊のスコータイ仏のほか、ラッタナコーシン時代前期を代表する壁画や、扉の浮き彫りなどが見どころだ。
  気がつくと30分ほど経過し、12時近くになっていた。お坊さんの説教が始まるようで、それを聞きに来る人が増えてきた。善男善女のじゃまにならぬよう、ウィハーンを辞してウボーソット(本堂)を訪ねる。遠くに金色の仏座像が、手前にはたくさんの弟子の前で説教する仏陀像が祀られている。ここも壁画が美しかった。
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Hiathaiki Click to enlarge ヒアタイキーでの昼食
コーヒーが有名らしく、次から次へと客がやってくる
お昼ご飯
この辺りまで歩くとお腹がすく頃だろうか。お昼のお薦めを何軒か紹介する。
1)有名なパッタイ屋「ティップサマイ」 ทิพย์สมัย
場所:バムルンムアン通りを戻ってマハーチャイ通りを左折した右手。プーカオトーンからのそば
2)60年の歴史を持つカフェ「ヒアタイキー」 เฮี้ยะไถ่กี่
場所:バンコク都庁の南東隅すぐ近く。この辺り都庁の職員を当て込んでか、手頃な食堂が多い。
3)レトロなショッピングセンター「オールドサヤームプラザ」
場所:サオ=チンチャーから南へ約400m。この辺りの古いショッピングセンターは、サヤームスクウェアやラートプラソーンなどが発展を始める1970年代まで、バンコク一の繁華街だったらしい。なぜかこの辺銃砲店が数件並んでいる。黒光りする銃砲がショーケースに展示されているが、見ていて気持ちいいものではない。

◇もと刑務所の矯正博物館 พิพิธภัณฑ์ราชทัณฑ์
Correction Museum Click to enlarge 監視塔あと。中は公園、自由に入れる Correction Museum Click to enlarge もと刑務所の正門だろうか   ワット=スタットから再度マハーチャイ通りへ戻って南へ歩くと、右手に割と大きなロムマニナート公園 สวนรมณีนาถ が見えてくる。実はこの公園、かつて刑務所があったところで、刑務所が北方のチャトチャク(ウィークエンドマーケットで有名な地区)へ移転後、公園として整備された。いまも当時の塀や監視塔が残されている。
  公園内のマハーチャイ通りに面して矯正博物館が立っている。刑務所跡だけに、タイの刑罰や刑務所の歴史が展示してある。入場は無料、しかもクーラーも効いているので、ぜひ立ち寄ってみよう。
  建物は2つの棟からなっている。第1棟は、昔の処刑や拷問の方法が、実物大の人形を使ったジオラマで展示されている。ものすごくわかりやすいが、少々気味が悪い。その中で印象に残ったもの……。昔は首を落として処刑したが、そのあと足首も切断した。なぜか。逃亡防止用の足かせのおもりを取り外すためだそうだ。ちなみに今は銃殺刑だが、執行人と死刑囚の間に布を垂らして行う。タイならではの拷問方法としておもしろかった(不謹慎かも)のは、竹で編んだ大きなボールの内側にピンをたくさんつけ、その中に囚人を入れる。そして…、何とゾウにそのボールを蹴らすという。第2棟の方は、昔の刑務所の一部を再現したものや、刑務所で使われた調理器具や日用品などが展示してあった。見学客は他にほとんどなく、涼しいクーラーの中、ゆっくり見学できた。
この博物館は、当時の矯正局長だったクンシーサラーコーン陸軍大佐がタイ国中から収集した刑罰に関連する道具を、バーンクワーン刑務所に展示したのが始まりで、その後仏暦2515(西暦1972)年には刑務官訓練所に移された。仏暦2530(西暦1987)年、バンコク市はバンコク特別刑務所の跡地を公園として整備してシリキット王妃の60歳の誕生日記念に献上し、建物の一部を矯正博物館とした。仏暦2542(西暦1999)年8月17日に、皇太子臨席のもと、公園と博物館が正式にオープンした。
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◇インド寺院・中国寺院 
Brahmin Shrine Click to enlarge 入口左手にはシヴァ神が祀られている Brahmin Shrine Click to enlarge ブラフマー神像
奥2つは修復中だった(2010年)
  ロムマニナート公園の北側の路地を西へ向かい、ワットスタットの脇を向けて再び大ブランコ(サオ・チンチャー)のそばに出る。大ブランコの向こうに見える巨大なコンクリートのビルは、バンコク都庁である。暑い昼下がり、こういう「近代的な」建物はずいぶん暑苦しく感じる。
  都庁舎の西側にあるのが、テーワサターン(ブラフマー祠) เทวสถาน(โบสถ์พราหมณ์) というヒンドゥー寺院である。3つの祠が並んでいるが、参拝者が次から次へとやって来る。この数年で改修工事が進んだ。
ラーマ1世王が、新しい王都バンコクの繁栄を願い、伝統にしたがって仏暦2327(西暦1784-5)年、ヒンドゥー教の神を祀る3つの祠を建て、そのすぐ前にサオ=チンチャーをつくった(その後現在地に移転した)。3つの祠は左からシヴァ神の祠、ガネーシャ神の祠、ヴィシュヌ神の祠の順に並んでいる。
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Phosua Shrine Click to enlarge サーン=チャオポースア
お供え物屋で埋まっている門前
  テーワサターンからバンコク都庁方面へ北上し、都庁の角を左折すると、マハンノップ通りになる。その正面、タナオ通りとの三叉路に黒い屋根瓦の建物が見えてくる。漢字の看板もかかっている。サーン=チャオポースア ศาลเจ้าพ่อเสือ とよばれる中国寺院である。入口にはその名前の通り2頭の金色の虎(スアとは虎の意味)が鎮座している。中へ入るとそこは中国そのもので、肉や果物が所狭しと奉納され、線香の煙でいぶされている。参拝の人が入れ替わり訪れ、中は大にぎわいだった。
詳しくは、バンコク・パワースポットのページを参照→
カイヤーンのおいしい食堂
サーン=チャオポースアのすぐ南。店内には訪れたタイのタレントの写真がずらり
タナオ通り
19世紀終わり頃、バンコクで最もモダンな地域だったらしいが、今は古い町並みが静かに残っている。
Tanao St. Click to enlarge 古い町並みのタナオ通り up

◇締めくくりはアイスクリーム 
Sappasat Gate Click to enlarge 最上部拡大。欧風の女性像とステンドグラスが美しい Sappasat Gate Click to enlarge ラーマ4世の王子の屋敷の門   タナオ通りは19世紀終わり頃、バンコクで最もモダンな地域だったらしい。それを示すのが、欧風のプレーンサッパサートスパキット門 ซุ้มประตูวัง แพร่งสรรพศาสตร์ศุภกิจ である。周辺の下町的情景とはどう見てもミスマッチなこの門は、その頃、仏暦2444(西暦1901-02)年に建てられた同名の王子の屋敷跡の一部であった。王子が亡くなったあと、屋敷は売りに出されたが、その後、仏暦2510(西暦1967)年の火事で燃えてしまい、この門だけが辛うじて残ったという。
サッパサートスパキット王子
西暦1857-1909年。ラーマ4世の王子。ヨーロッパから映画撮影機と映写機をタイへもたらしたことから。「タイ国映画の父」とも称される。 up
  タナオ通りをほんの少し南下すると、バンコク銀行の向かい、右手に細い路地がある。プレーンナラー通りは、木造の家並みが続く雰囲気のいい通りだ。
Phraengnara St. Click to enlarge 細かい装飾が施された建物は学校 Phraengnara St. Click to enlarge 飾らない人々の暮らしがある Phraengnara St. Click to enlarge 最近、彩色されきれいになった
Icecream of Nathaphon Click to enlarge ナタポンのココナツミルクアイス   ここを散歩しつつ、今日の締めくくりとして古いアイスクリーム屋「ナタポン」へ行った。木造の商店街の一角にあるこの店も、歴史を感じさせる雰囲気があった。自家製のココナッツミルクのアイスクリームに、いろんなトッピングが選べるようになっている。脂肪分がほとんどなく、かわりにココナッツミルクのほのかな甘みがする、素朴な味のアイスクリームだ。いにしえのバンコクを歩いた体にふさわしい味・・・かもしれない。
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Phraengnara St. Click to enlarge プレーンナラー通りには猫が似合う
ナタポンのアイスクリーム
トッピング2種類で、2002年 12B、2010年 20B、2013年 25B
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