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アユタヤー歴史公園の見どころ(4)    島外北東部  このページの内容 
◇ワット=マヘーヨン
◇ワット=クディーダーオ
◇ワット=アヨータヤー
 
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◆見どころ
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島内・島外南東部
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◆川から見たアユタヤー
◆アユタヤー歴史公園案内
◆アユタヤー朝の歴史
Map of Ayutthaya Historical Park アユタヤー歴史公園全体図
クリックすると拡大図が別画面で開きます
  鉄道駅の東側、パーサック川と運河に囲まれたこの地域は、車の通りも少ない静かな住宅街で、訪れる観光客はほとんどいない。しかし、かつてアユタヤー建都以前の古い町の中心地だったと推定され、大きな寺院も点在する。まさに穴場的な場所だと思う。

◇ワット=マヘーヨン วัดมเหยงคณ์
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 チェディーと本堂(奥)
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 象に囲まれたチェディー
  15世紀半ばに創建され、18世紀初めに修復された寺院で、象が取り囲むチェディーが美しい。隣接する本堂も屋根こそないが、壁が残り、建物としてよく残っている。かなり保存状態がよい遺跡だと思う。この遺跡に向かい合ってかなり大きな寺院があり、こちらの方は僧侶やメーチー(白衣をまとって剃髪した女性)が常駐している。
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 本堂の内部
 詳細  1438年、ボーロマラーチャーティラート2世(チャオサームプラヤー王)の治世に建てられた、と言われる。象がチェディーを取り囲むという、スコータイに多い様式のチェディーと、王がもとピッサヌロークの統治を担当し、スコータイ王家出身の妃と結婚したことは、何らかの関係がうかがえる。
  1569年、アユタヤーを占領したビルマ軍はこの寺院を駐屯地とした。その後、アユタヤー朝後期の1709年、ターイサ王はこの寺院の改修を命じたが、完成までの3年間、1か月か2か月に1度、王が現場に来て自ら作業のアドバイスをしたという。修復が完成した1713年には、7日間の祝祭が盛大に開かれた。
  現在、チェディーは上部が崩れ落ちているが、その部分はチェディーの脇に固定され、保存されている。大きな本堂(18m×36.8m)の中には仏像が祀られ、今も信仰の対象として花や線香が手向けられている。壁や柱はよく残り、レリーフなども見ることができる。
  入場     無料
雰囲気のよい遺跡だったが、2003年に行ったときにはすぐそばに観光センターがオープンし、象や牛車に乗って遺跡を回れるようになっていた。
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 本堂(前面)
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 本堂(裏面)
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 チェディーの象のアップ1
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 チェディーの象のアップ2
ワット=マヘーヨン クリックで拡大 広々とした境内

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◇ワット=クディーダーオ  วัดกุฎีดาว
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 本堂(手前)と頭部の落ちた仏塔
  近くのワット=マヘーヨンと対になったような、よく似た寺院である。メインのチェディーはかなり崩壊してしまったが、本堂はよく残り、柱の頂上部につけられた蓮のつぼみの意匠が美しい。寺院の右手(北)に残る2階建ての建物あとは、アユタヤ朝後期、当時の副王が自ら改修作業を視察するため滞在した宮殿跡である。
 詳細   壊れたチェディーを見ると、改修以前に古いチェディーがあった可能性があり、そうするとこの寺院はアユタヤー朝初期にまでさかのぼるという。この寺院も、ワット=マヘーヨンと同じころ、ターイサ王の時代に、王弟で副王でもあったのちのボーロマコート王が、完成までの3年間あまり、1711~14年にかけて、1か月か2か月に1度ここ(北の宮殿)に滞在して、自ら作業のアドバイスをしたという。このころはアユタヤ朝が政治的にも経済的にも安定していた時代だった。完成時にはやはり7日間の祝祭が盛大に開かれた。
  寺院の境内は、256m×63mの四角いレンガの壁に囲まれ、スマートなアーチ型の門が残る。メインのチェディーの東側に位置する本堂(12m×40m)は、正面に中央に大きな入口、その左右にやや小さい入り口が2つ、計3つの入口を持ち、天井はないが壁や内部の柱はよく残っている。
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 仏塔の破片が散乱している
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 大きな本堂
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 副王の宮殿跡
  入場     無料
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 本堂の柱
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 裏から見た本堂
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 本堂の内部
ワット=クディーダーオ クリックで拡大 副王の宮殿
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◇ワット=アヨータヤー  วัดอโยธยา
ワット=アヨータヤー クリックで拡大 崩れて草が生えている仏塔
   ワット=クディーダーオの北、民家が集まる村の一角にある。今も現役の寺院を入ると、奥の方に、崩れかけ草や木が生えた古ぼけたチェディーが1基、土台だけ残るプラーン(トウモロコシ型のクメール風の仏塔)が1基残されている。
 詳細  創建は不詳だが、1351年のアユタヤー建都以前までさかのぼるという。以前ここは支配者の宮殿があったが、その移転後に寺院になったという、ワット=プッタイサワンと同様な言い伝えが残っている。この寺院の付近は、アユタヤー建都以前の町(アヨータヤー)の中心地だったと推測されている。
  入場     無料
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