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旅日記から  山あいの里、プレーとナーン  08年12月-09年1月  (2)
 このページの内容   ◇12月29日 ◇12月30日
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 12月29日(月)  プレー 曇り、午後晴れ

トラ年の寺とお化けの国
  郊外の有名な寺院・ワット=プラタートチョーヘーは、町から約10kmほど離れている。ホテルで行き方を聞くと、ソンテウをチャーターした方がいいと言うし、バスターミナルでソンテウの運転手に聞いても、乗合よりチャーターした方がムダがないよ、と予想通りの答えが返ってきた。寺院での待ち時間1時間で往復300Bの言い値を、250Bに値切ってそのソンテウをチャーターした。
  9:00に出発し、9:30少し前に小高い丘の上に立つワット=プラタートチョーヘーもっと詳しくに到着した。土産物屋が並ぶ駐車場はけっこう混雑し、参拝客で賑わっている。マイクで寄付を募っていたので少額を寄付すると、この寺院のカレンダーがもらえた。長い階段を上がると、正面に黄色い仏塔プラタートチョーヘーが見えるが、残念ながら修復中のようで、竹の矢倉で囲まれていた。北タイの習慣にしたがって、多くの参拝客と一緒に塔を右回りに3周した。隣の大きなウィハーンには、やはりピッサヌロークのチンナラート仏に似た仏像が、塔を挟んで反対側の小さな礼拝堂には、「プラチャオ・タンチャイ」(願かけ仏)が祀られていた。とくに後者は、祠が小さいのでみんな並んで順番待ちだった。それほど御利益があるのだろうか。
生まれ年の干支別、巡礼すべき仏塔
北タイで、トラ年生まれの人の寺院とされている。十二支すべてにそのような寺院が用意されている。go
  チャーターしたおかげで時間に余裕ができたので、プレーへの帰途、キノコ岩が並ぶペムアンピーに寄ってもらうよう、ソンテウのおじさんと交渉すると、あと250Bと言う。予想より安かったので、それでOKした。10:40、寺院を出発。途中、白人10人ほどがヘルメットなど完全装備で自転車をこいでいるのを見た。プレーからペムアンピーまで往復30kmのサイクリング、ごくろうさん!
  寺院から30分もかからず、11:00ころ、ペムアンピー森林公園もっと詳しくに到着した。入口から少し行くと、キノコ岩が見えてくる。トルコのカッパドキアとは比ぶべくもないが、確かに奇妙な風景で、ムアンピー(お化けの国)というネーミングにも納得できる。説明板によると、これらの奇岩は200-300万年前にできたものだという。奇岩を見下ろすように、まわりの丘を一周するトレイルを歩く。森の中の道で気持ちよかった。11:35出発、12:00ころ、プレーのバスターミナルに帰ってきた。
ワット=プラタートチョーヘー クリックで拡大 ワット=プラタートチョーヘー
ペムアンピー クリックで拡大 ペムアンピー
白人のサイクリングは、北タイでわりとよく見る。スペアやスタッフを乗せた伴走車付きのツアーで、日焼けで真っ赤になって疲れ果てた白人が伴走車の冷房で休んでいたりする。
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ビルマ風の寺院
  バスターミナルのそばの食堂で昼食後、プレーの町で昨日見残した所をまわった。ワット=チョムサワンもっと詳しくは、メーホンソーンやラムパーンにあるような、ビルマの影響を受けたタイヤイ(シャン)式のチーク造りの寺院で、100年余りの歴史がある。木造建築の美しさが魅力的だった。少し歩いて訪ねたワット=サボケーオもっと詳しくも似ていたが、仏像は明らかにビルマ風で、ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダの写真も飾ってあった。この寺院で行われたボイサーンローン(タイヤイ族の風習。少年の得度式)の写真もあった。
  最後に荷物をホテルに取りに行きがてら、ホテルの敷地にあったセーリータイ博物館もっと詳しくを見学した。今朝ホテルで朝食をとっている時、偶然見つけたものだ。セーリータイ(自由タイ運動)とは、第2次大戦中連合国に協力した抗日組織のことで、博物館の説明によると、北タイの中心がこのプレーにあったという。プレー支部長を務めた人の屋敷が博物館として公開されていて、活動家や活動の様子の写真、彼らが使った自転車やハンモックなど実物の展示など、なかなか興味深かった。
セーリータイ
アジア・太平洋戦争が始まると、日本軍の勢いに押されたタイ政府は日本と同盟を結ぶ。しかし日本軍の横暴ぶりを見た人々が、駐米大使らを中心に抗日組織「セーリータイ」をつくり、ひそかに連合国と連絡を取り合って協力した。セーリータイの活動によって、戦後タイは敗戦国の扱いを免れた。
昼食:クィティオナーム2杯、コーラ1本。2人で74B
ワット=チョムサワン クリックで拡大 ワット=チョムサワン
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「辺境の地」ナーンへ
  14:30、プレー発。満員に近いローカルバスでナーンへ向かう。1人62B。小さなプレーの町を出ると、たちまちのどかな田園風景になる。やがてバスが登りに差しかかると、チークの林が見え隠れしはじめ、登り切った峠でバスはクラクションを鳴らし、祀られている精霊に挨拶していく。「峠の儀式」だ。祠に向かって手を合わせる乗客も多い。この儀式によって、ヨム川流域(プレー県)からナーン川流域(ナーン県)に入ったことがわかる。
  峠を下ると再び田園が広がる。枯れた稲を牛がもぐもぐ食べている水田や、トウモロコシやニンニクの畑が見える。気づくと道と並行して川が流れている。ナーン川だ。バスはウィエンサー(ナーン県南部)のバスターミナルに寄ったあと、30分ほど走るとナーンの町に入った。
  17:00、ナーンのバスターミナルへ到着すると、すぐに乗合ソンテウの運転手がやってきて行き先を聞いてくる。何人かの乗客を乗せて、予約してある「テワラート・ホテル」(1泊996B。2人朝食付。ネットで予約)まで送ってくれた。1人20B。ホテルはにぎやかな市場の正面、町のど真ん中にあった。最上階(5階)の部屋から町を見渡すと、ここが周囲を山に囲まれた盆地であることがわかる。
  早速、夕食がてら町の散歩に出かける。市場を冷やかしながら、ナーン川沿いの食堂街をめざした。途中、OTOPの店があったので寄ってみると、服、食品、雑貨などなかなかいいものが安く売られていた。結局このOTOPの店にはナーン滞在中毎日通ったので、店員さんとも顔なじみになった。
  そこから5分も歩くとナーン川に出る。辺りはすっかり暗くなっていたが、向こうに見える灯りの列に近づいてみると、やっぱり食堂だった。川の堤防に沿ってテーブルが20卓余り並び、各テーブルにはろうそくのランプ(これがないと暗くて見えない)が置かれて、少し肌寒いもののいい雰囲気だ。川岸では犬が水遊びし、えさ目当ての猫もうろうろしている。バンコクあたりの気取ったレストランより、こういういかにもタイ的なローカル食堂が好ましい。料理の方は濃い味付けで、ビアシンにぴったり。とてもおいしくしかも安い! テーブルがほぼ満席なのもうなずけた。(次の日もここへ来てわかったことだが、ここには3軒の食堂があって、各食堂ごとのテーブルになっているようだ。よく見るとテーブルのセッティングも微妙に違うし、テーブルの近くにはちゃんと看板もある。)
OTOP
One Tambon One Product の略語で「一村一品運動」という意味。大分県の事業をモデルに、タクシン元首相が始めた。各地の商品やコンクール優秀商品などの情報は、 www.thaitambon.com が詳しい。
夕方のナーン川 クリックで拡大 夕方のナーン川
夕食:ナーン川沿いの食堂で、トムヤムクン、プラーカン魚のニンニク揚げ、海鮮辛炒め、ビアシンなど。2人で270B
夜食:ホテル近くの食堂「スアン・イーサーン」にて、ソムタムタイ、エビのてんぷらなど。2人で205B
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 12月30日(火)  ナーン 朝、霧。のち晴れ。日中は暑い

自転車でウサギ年の寺院へ
  8:30ころ ホテルで朝食。9:30ころ、ホテル近くの旅行会社・フートラベルに出向いて、ここナーン県に住む山岳民族を訪ねるツアーを訪ねる。店主(?)のおじさんが出てきて、親切に対応してくれた。マブリ、モンなど山岳民族の村をまわる明日の1日トレッキング(昼食込みで1日1人1500B)を申し込んだ。トレッキングといってもジープで村まで行って、村の中を歩く程度だという。今日はナーンの町中を見ると言ったら、店主氏は自転車を借りられる店まで紹介してくれた。その自転車屋は、町の中央、タイ軍人銀行の隣、ワット=フアウィアンタイの対面にあった。普通の町の自転車屋で、一見したところレンタサイクルをやっているようには見えないが、お願いすると貸し自転車を奥から出してきて、カギも貸してもらえた。1日40Bというから手軽でいい。
  10:00すぎ、自転車に乗って、町から3kmほど離れたワット=プラタートチェーヘンもっと詳しくに向かう。ナーン川に架かる橋を越え、道なりに行くと大きな寺院が見えてきた。10:30到着。14世紀半ばに建てられたという古い寺院だ。大きなナーガに守られた参道を登ると、小高い丘の上に金色のスマートなチェディーが立っている。回廊をくぐって入った境内には、チェディーとルアンパバーン様式の本堂が並び、大勢の参拝客で賑わっていた。北タイの習慣に従い、線香と花を手にチェディーを3周した。ここはウサギ年生まれの人の寺院なので、ウサギの置物がたくさん奉納されている。私もウサギ年なので、境内に売られている小さなウサギを求めて奉納し、本堂修復用の瓦1枚49B(自分の名前を書いた紙を貼る)を寄付し、さらにカレンダー25Bをいただいてきた。カレンダーをくれたお坊さんは「ここに書いてある呪文を唱えなさい」と教えてくれた。
生まれ年の干支別、巡礼すべき仏塔
北タイで、ウサギ年生まれの人の寺院とされている。十二支すべてにそのような寺院が用意されている。go
  お参りが終わって自転車を置いた場所へ帰ると、警官が話しかけてきた。ちょっと待ってなさいと言うと、近くの詰め所からナーンの観光パンフレットを持ってきてくれた。このナーンも、プレーと同様に、人に余裕があるように思う。気まぐれな観光客をかまってくれる人が多い。こういう町はなんか楽しい。
橋の上から見るナーン川 クリックで拡大 橋の上から見るナーン川
ワット=プラタートチェーヘン クリックで拡大 ワット=プラタートチェーヘン
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中心部のみどころ
  12:30ころ町へ戻り、昼食。その後、ワット=プーミンもっと詳しくを訪ねた。ここの見どころは、本堂内部にびっしり描かれた壁画で、次々と観光客が訪れる。確かに見応えがある。壁の上部には仏像や仏教関係の絵が、その下には当時の人々の生活の様子が生き生きと描かれている。とくに、男性が女性を「ナンパ」しているシーンはおもしろい。そんな絵を寺院に描いていいのか、とも思うが。壁画を見ていると、一人の少女が日本語で話しかけてきた。聞くと中学2年生で、学校で習ったと言う。彼女たち女子2人と男子1人は、この寺院を訪れる観光客に、ボランティアで壁画の説明をしていた。ちょうど地獄絵の説明を聞かせてもらった。大きなニワトリ2羽が人間を戦わせていた絵は、闘鶏好きの人の行く末だそうだ。なるほど。
  ナーンの見どころは、ワット=プーミンの近くにかたまっている。次に国立博物館もっと詳しくに向かった。タイ人用入場券20Bをくれたが、外人だと申し出ると100Bの券になった。100Bはちょっと高い!1階、ナーン県に住む各民族の生活のジオラマ展示と、2階の黒い象牙が興味深い。この象牙はこの博物館の目玉でもあり、ナーン王朝に代々伝わってきたものだ。黒といっても実際は茶色だが、うやうやしくガラスに守られていた。この博物館も見物客が多い。タイ各地で博物館に行ったが、こんなに賑わっているのは珍しい。年末休暇の旅行客が多いのだろう。といっても、にぎやかなのはワット=プーミンと博物館だけだった。
  博物館の北には、木製の経蔵が美しいワット=フアクワンもっと詳しくがある。コンパクトで落ち着いた寺院だった。つづいて博物館の対面にある大きな寺院、ワット=プラタートチャーンカムもっと詳しくを訪ねる。象(チャーン)がぐるりと基部を支えている金色の仏塔が、遠くから目立つ。メインのウィハーン(礼拝堂)内部には壁画も見られるが、残念ながら半世紀ほど前に、説教を聞くのに妨げになるという理由で塗られてしまったそうだ。その並びの小さなウィハーンには、スコータイ様式の黄金の遊行仏がガラスケースの中に祀られている。もとは本堂にあった仏像で漆喰をかぶっていたが、ある西洋人がこれを買おうと動かした時、中から現れたものだという。
  町の北西のはずれにあるワット=スアンターンもっと詳しくをめざして自転車をこぐ。途中、ナーンの城壁もっと詳しくの跡が見られた。レンガが高さ2,3mに積まれ、城門らしきものも残っている。まもなく角張った大きな仏塔が見えてきた。夕方の境内には、ネコがたくさんごろついていた。
  16:40、再び町の中心へ戻って自転車を返す。郊外のワット=プラタートチェーヘン以外は歩いてもまわれるが、自転車の方がもちろん楽ではある。車の運転は他の町よりゆっくりしているとはいえ、やはり町中は車が多いので注意は必要だ。その後は、昨日と同様に、OTOPの店をのぞいた後、川沿いで夕食。帰り道、星空がきれいだった。ホテル近くの市場はまだ灯りがついていた。ナーン県の名物のみかんを買う。4個9B。甘すぎずなかなかおいしかった。
ワット=プーミン近くで昼食 クィティオナーム2杯50B
ワット=プーミン外観 クリックで拡大
ワット=プーミンの壁画 クリックで拡大 ワット=プーミン
外観(上)と壁画
ワット=スアンターン クリックで拡大 ワット=スアンターン
夕食 ナーン川沿いの食堂で、トムヤムクン、プラーカン魚のピリ辛炒め、卵焼き、ビアシンなど。2人で310B
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