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旅日記から  山あいの里、プレーとナーン  08年12月-09年1月  (3)
 このページの内容   ◇12月31日
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 12月31日(水)  ナーン 晴れ

赤いジープでツアーに出発
  ホテルから歩いて5分ほど、フートラベル(Fhu Travel)に行くと、昨日会った店主氏に、今日私たちを案内してくれる運転手兼ガイド氏を紹介される。自己紹介をして、8:55、赤いジープに乗り込む。
  バスターミナル近くの店で、昼食の包みを仕入れて出発だ。国道101号線をプレー方面へ南下。9:15、道路沿いの作業場へ入っていく。焼き物の工場だという。大晦日なので仕事は休みらしいが、片付けをしていた従業員がいた。ここでは餅米をふかすのに使う、七輪のような素焼きを焼いている。泥をこね、3日間天日に干してから焼き上げる。燃料はもみ殻で、灰は強度を増すために泥に混ぜるという。簡単な工場だが、ムダがない。ちなみに七輪は1つ70Bだという。
  国道をさらに南へ、右折して細い道を西へ進むと小さな村に着いた。ガイド氏の村だという。お父さんの家(お父さんは不在で妹さんがいた。お父さんとはその後村の道ですれ違った)を経由して、ガイド氏の家に寄る。2階建てのなかなか立派な家だった。ガイド氏は、月に2、3回ジープを運転してこうやって観光客を案内するそうだ。つづいて西へ10分ほど行く(10:00ころ)と、村の機織り工房がある。村の女性たちが、昔ながらの足踏み式の機織り機で器用に布を織っていた。たくさんの色の糸を織り込んで、模様を仕上げていく。寺院に奉納する長さ2mほどの旗は、1日で仕上げられるそうだ。
Fhu Travel
ナーンの中心部にあり、周辺をまわるツアーを主催している。このツアーは昼食込みで1人1500B。
詳しくはHPで。http://www.fhutravel.com/ index.html
この日乗った赤いジープ クリックで拡大 この日乗った赤いジープ
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ティン、ヤオ、モン族の村
  さらに進むと山道になった。なだらかな山並みが幾重にも折り重なって遠くまで続いている。10:30、ティン族の村もっと詳しくに到着した。家は高床式で他のタイの村とよく似ているが、家の土台の柱は一抱えもあるような太い木材を使っている。この木はチークと同じくらい高価なもので、今では伐採禁止になっているそうだ。村はずれにこぎれいなキリスト教の教会があったが、アニミズム信仰も多いそうだ。
  ヤオ族の村もっと詳しくは、そのすぐ隣にあった。ここの家は平屋で土間がある。最初に、ある老夫婦の家にお邪魔した。おばあさんは家の前で裁縫をしていた。おじいさんは私たちを見ると、家の中から椅子を持ってきてすすめてくれた。最後にお2人の写真を撮らせてもらう。おじいさんはその写真が欲しそうだったので、後日 Fhu Travel あてに郵送し、渡してもらえるようお願いしておいた。(後日 Fhu Travel から、確かに渡しました。喜んでました、というメールの返事が来た。)別の家では新年を迎える儀式の準備中だった。室内の祭壇には、豚の頭が供えられ、対聯(たいれん。赤い紙におめでたい文を書いたもの)が飾られていた。ヤオ族の文化は中国の影響が強いな、と改めて感じた。中国語を話せる人もいるようだ。
  ヤオ族の村を離れると険しい山道だった。舗装が途切れ、赤土の道になる。雨期にはぬかるんで、車での通行は難しいという。バイクに乗ったモン族の若者とすれ違う。まもなく見晴らしのいい峠に到着した。11:30、トウモロコシ畑に囲まれた農作業の休憩小屋を借りて、昼食の弁当を食べる。ガイド氏がパイナップルを切り分けてくれた。峠を渡る風がさわやかで、ご飯がさらにおいしく感じる。
  昼食後、さらに向こうの山に分け入っていく。12:10、山あいのモン族の村もっと詳しくに着いた。村の広場では、きれいに着飾った若い女性たちが2列に並んで、テニスボールほどの大きさのまりを投げ合っている。ガイド氏によると、12月27日から今日までの5日間がモン族の正月だそうだ。女性はみな黒、緑、ピンク色などを基調とした鮮やかな民族衣装を着ている。まり投げはモン族の正月の行事だという。広場には出店もあって、華やいだ雰囲気だ。小さい女の子も同じような衣装を着ていて、目が合うと、恥ずかしそうに微笑む。その隣のモン族の村は、この旅行会社のツアーで宿泊に使うそうで、宿泊所も見せてもらった。美人の奥さんがここの管理をしているようだ。
新年を迎える儀式 ヤオ族 クリックで拡大 新年を迎える儀式 ヤオ族
遠くまで続く山並み クリックで拡大 遠くまで続く山並み
昼食:バスターミナルの店で仕入れてきた弁当 鶏肉の炒め物とご飯、パイナップル
モン族のまり投げ クリックで拡大 モン族のまり投げ
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定住を始めたムラブリ族
  山を下りて、再び舗装道路を走る。12:45、道路沿いのムラブリ族(マブリ族)の村もっと詳しくに着く。彼らは元来、森の中でバナナの葉を用いた簡素な家に住みながら、狩猟採集を営んでいた。その葉が黄色く枯れるころにはよそへ移動することから、タイ語で「ピートーンルアン」(黄色いバナナの葉の精霊)と言われる。しかし森の生活は厳しく、10年ほど前から王室プロジェクトとして、定住化が進められたという。この村には、30-40軒の家に100人ほどが住んでいる。もう森で暮らしているムラブリ族はいないらしい。
  一軒のおじさんの家に案内された。おじさんはふんどしを付けているだけ、年齢はわからないそうだ。(このおじさん以外の人は普通の服を着ている。)ガイド氏とは顔見知りらしく、ガイド氏からもらった豚の脂身を、小刀で切って水と一緒に竹筒に入れ、バナナの葉を詰めてふたをして薪の火にかける。数分後、蒸し上がると竹を割って、小刀で切り分けながら食べる。これを食べると体が温まるそうだ。おじさんは北タイ語を少しわかるが、娘さんはタイ語を話す。村の教習所で子どもにタイ語を教えているという。
  この村には観光客が多い。「珍しい」ムラブリ族の村、しかも舗装道路沿いにあるからだろうか。車を運転してきたカナダ人夫婦のほか、タイ人の10人ほどのグループがやってきて、子どもたちにお菓子を配っている。そのこと自体ちょっと抵抗があるが、その中の1人、身なりのいいおばさんは子どもたちを一列に並べてジュースを配っていた。しかもワイをさせ「ありがとう」と言わせ、言わない子どもには言うまであげない、というのは、ひどいなと思う。彼らはここに定住しても、農業をやっている様子もないし、今後のことを考えるといろいろ心配だ。
  少し複雑な気持ちを抱えて、13:40、次の村へ行く。モン族の大きな村で、立派な学校があった。校庭ではモン族の若者による歌謡ショーが行われ、民族衣装を着た人で賑わっていた。ただし言葉はモン語でガイド氏もわからないと言っていた。入口の横断幕の文字もモン語らしい。立派な照明や音響の設備があり、ビデオカメラを回す人もいた。ケータイで写真を撮っている女の子、茶髪ロン毛でバイクに二ケツしている若者までいて、山岳民族といってもいろいろだ。
豚肉を調理するおじさん クリックで拡大 豚肉を調理するおじさん
ムラブリ族の村の様子 クリックで拡大 ムラブリ族の村の様子
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大晦日のナーン
  山を下り、ナーンに向けて帰る。途中、14:40、ナーン郊外のワット=カオノーイもっと詳しくへ寄った。大晦日のためだろうか、参拝者で賑わっている。金色の遊行仏が見下ろす小高い丘に登ると、ナーンの町並みがよく見えた。その向こうには今まで訪ねてきた山岳民族が住む山並みが遠くに見えた。ちょうどモン族の正月にも巡り会い、おもしろいツアーになった。15:15、ホテルに帰着。
  夕方の市場も人出が多いようだ。夕食は前2日の露店と違って、ナーン川沿いの食堂を訪ねた。似たような店が3軒並んでいたが、「グッドビュー」という店に入ると、けっこう満席だった。店の名前の通り、暮れゆくナーン川の景色が美しい。ホテルでは深夜まで歌謡ショーがにぎやかに行われていた。新年の0:00になると、町のあちこちから花火が上がった。
夕食 ナーン川沿いの食堂「グッドビュー」にて。トムヤムクン、プラーカン魚の鉄板焼き、ナマズのヤム、トートマンクン(エビすり身の薩摩揚げ)など 615B。
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