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ピチット  見どころ紹介 (1)      ピチット旧市街公園  このページの内容 
◇ワット=マハータート
◇チャーラワンの洞窟
◇ラックムアン(国礎柱)
◇シーマーラー島
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 ピチット旧市街公園
 その他の見どころ
旅日記から・・・・ナコーンサワン・ピチット(11年7月)(2ページ)
Phichit Historical Park, click to enlarge
  ラーマ5世時代に移転するまで都市があった場所で、現在のピチット市街からは南西へ7kmほど離れている。仏暦1601(西暦1058/59)年、「ポープー」プラヤーコータボンテーワラート "พ่อปู่"  พระยาโคตระบองเทวราช によって建設された。 スコータイ時代には「ムアン=サルワン」、アユタヤー時代には「ムアン=オーカブリー」という名前でよばれ、それぞれ重要な地位にあった。現在は公園として整備され、およそ64ヘクタールの敷地に見どころが散在している。

◇ワット=マハータート วัดมหาธาตุ
Wat Mahathat click to enlarge チェディーの手前がウィハーン
Wat Mahathat click to enlarge チェディー近くの仏像たち。今も大切にされている
Wat Mahathat click to enlarge 本堂跡。手前の石板がバイセーマー
 この公園の中央にある最大の見どころ。スコータイの遺跡に見られるような、レンガを積んで作られた寺院で、名前からすると仏舎利を祀っていた位の高い寺院だと思われる。手前から、ウィハーン(礼拝堂)、チェディー(仏塔)、ウボソット(本堂)が縦に並ぶ。
 ウィハーンは柱礎部分、外壁の下部と、ウィハーンの左右にあった小仏塔の土台のみが残る。
 チェディーは、釣り鐘型のスリランカ様式でどっしりした外観。正方形の基壇数段の上に、円形の本体がやはり数段積み上がる。最上部は崩壊している。
 小さな水路を隔てて、最奥にあるのがウボソット。高さ78-80㎝の基壇の上には、5列×8本の正方形の柱礎が残っている。基壇の周辺にはバイセーマーが置かれているが、壊れたものもあった。
 1991年の芸術局の発掘調査では、ウィハーンからスコータイとアユタヤーの2つの時代の建築物が見つかった。境内には数多くのチェディーがあったこと、寺院を囲む大きな壁があったこともわかった。その頃はさぞかし壮観だったろう。
ピチット旧市街公園
入場:毎日10:00-16:00。無料
行き方:ピチット市街から公共交通機関はないようだ。トゥクトゥクをチャーターするのがよい。周辺を含めて2時間半で400Bだった(2011年7月)
注意:公園内は木が生い茂り人気も少ない。簡単な売店はあった。
Wat Mahathat click to enlarge よく残っているチェディー
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◇チャーラワンの洞窟 ถ้ำชาละวัน
Chalawan Cave click to enlarge ワット=マハータートの右にある入口
Chalawan Cave click to enlarge 洞窟は砂に埋もれている(右)
Chalawan Cave click to enlarge 向こうはワニが出そうな水路
 鍾乳洞のような洞窟では全くない。民話「クライトーン」に登場するワニ王チャ-ラワンが住んでいた洞窟とされるものがこれだいう。
 ワット=マハータートのすぐ右隣、タイ語で「チャーラワンの洞窟」と書かれた看板の向こうに、大きなワニを銛で突こうとしている2人の像が立っている。またワニの顔の先には、砂で埋もれた小さな穴があって、人間の像がやはり胸まで埋もれている。これが「洞窟」のようだ。
 今から65年ほど前、近くにあるワット=ナコーンチュムの僧侶がロウソクに火をつけこの洞窟の中に入ったが、意外に大きくて、終点に行き着かないうちにロウソクが終わってしまったので、奥がどうなっているのかは不明だそうだ。その後土砂がくずれて、前述のように洞窟はふさがれてしまった。
民話「クライトーン」
アユタヤー時代から伝わる物語。河底の洞窟に住む無頼のワニ王チャーラワンは2匹の美しい妻に飽きたらず、ピチットの富豪の娘タパオトーンを水浴中に襲って洞窟に連れ帰り妾にした。洞窟内ではワニも人間の姿で暮らしている。富豪は娘を取り返しワニを退治した者には、娘と賞金を与えると声明。何人も失敗した後、クライトーンが見事成功し、富豪の2人の娘を同時に妻とし、入り婿になる。しかしワニ王の妻ウィマーラーも妾にして陸上に連れ帰ったので、2人の妻がやきもちを焼いた。怒ったウィマーラーは、暴れた拍子に護符を落としたためワニの姿に戻り、洞窟へ帰っていく。あきらめきれないクライトーンは、水底に赴きウィマーラーとよりを戻す。以後、クライトーンは地上の2人の妻と、河底の2人の妻との間を行きつ戻りつ至福の生活を続ける。
(「タイ日辞典 冨田竹二郎、養徳社による」) 上へ戻る

◇ラックムアン(国礎柱) ศาลหลักเมือง
Lak Mueang click to enlarge ラックムアン
Lak Mueang click to enlarge ラックムアンを祀る建物
 仏暦2520(西暦1977)年建設。建物が2階建てになっているのは、他の都市のものと違って珍しい。
 上階はいわゆるラックムアンだが、半地下の下階はピチットの建設者・プラヤーコータボンテーワラート(地元の人は「ポープー」とよぶそうだ)が祀られている。
ラックムアン
新都バンコクを建設する際、何人かの人を生け贄にして埋め、その上に柱を立てて手厚く祀って守護神に仕立てたのが始まりとされる。柱はシヴァリンガ信仰と関連があるともいわれる。
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◇シーマーラー島 เกาะศรีมาลา
Moat & Wall click to enlarge 城壁と壕がよくわかる
Simala Island click to enlarge 濠の中の島状になったところ
 旧市街北東部の城壁の外側、濠の中の島状になった場所。その形状からして、砦または監視所だったと推測されている。すぐそばに馬の像が立っていたが、説明文を読むと「クンチャーン・クンペーン」に登場するマーシーモークという馬だという。
 
Si Mok Horse click to enlarge マーシーモークの像
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