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プレー 見どころ紹介 (1)  城壁内の見どころ  このページの内容 
◇ワット=ルワン
◇ワット=ポンスナン
◇クム=ウォンブリー(ウォンブリー御殿)
◇ワット=プラノーン
◇ワット=プラルワン
◇ワット=プラバートミンムアン
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◆見どころ
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 城壁外の寺院など
 郊外の寺院と景勝地
   ▼プレーの町並み(写真)
◆旅日記から(08年12月-09年1月)
クム=ウォンブリー正面 クリックで拡大 クム=ウォンブリー正面
  近代化の波にさらされた多くの北タイの城市が、濠を埋められ、城壁を取り壊されてしまったが、ここプレーは、昔ながらの濠と城壁に囲まれた旧市街がよく残されている。チーク造りの家々が並ぶ町並みに、古寺が点在する旧市街は、500m×300mほどの楕円形をしており、いにしえの北タイを偲びながらぶらぶら散策するのに、ほどよい大きさである。
  とくに旧市街の西部は、この町の歴史とともにある古寺ワット=ルワンや、ウォンブリー御殿など見どころが多く、おすすめだ。

◇ワット=ルワン วัดหลวง
ワット=ルワン 山門と仏塔 クリックで拡大 ワット=ルワン 山門と仏塔
  寺院の説明板によれば、プレー県で最古の寺院である。仏暦1372(西暦828/9)年、ラーンナー王朝のポークン=ルワンポン พ่อขุนหลวงพล がこの町を建設したのと同時期に、プレーのシンボル的仏像「プラチャオセーンルワン」を祀るために創建されたという。
  その後、長い間修復と荒廃が繰り返されたが、1970年前後にはかなり荒れ果てていたので、住職が中心になって寄付を募り、今ある形に修復された。境内には博物館なども建てられ、昔の文化を伝承する役目も負っている。
 ウィハーン=ルワンポンナコーン 
屋根飾りが特徴的なウィハーン クリックで拡大 屋根飾りが特徴的なウィハーン
  プラチャオセーンルワン仏を祀るため、プレーの町の建設直後に建てられた礼拝堂。屋根の上の飾りが北タイ独特だが、そのほかの部分はコンクリートで建て替えられてしまっている。仏像はかつては、全身を黄金で覆われていたが、仏暦2445(西暦1902)年に起きたギオ(タイヤイ)の反乱事件で、奪われてしまった、という。(このとき残念ながら、内部は拝観できなかった。)
 場所 
城壁で囲まれたプレー旧市街の北西部
寺院名の由来  「ルワン」は大きいという意味。大きな本尊があること、多くの人が移住してできた町であること、大きな森の中に位置したこと、の3つの意味があるという。
 プラタート=ルワンチャイチャーンカム仏塔 
プラタート=ルワンチャイチャーンカム仏塔 クリックで拡大 ルワンチャイチャーンカム仏塔
象が支える仏塔の基部 クリックで拡大 象が支える仏塔の基部
  チエンセーン様式の仏塔で、六角形の基壇上に、上半身だけの象が支えている六角錘の塔が乗っかっている。内部には、ビルマのパゴーからもたらされた仏舎利を祀る。
この仏塔は、プラチェディー=ルワンタートヌンともいうが、「ヌン」とは北タイ語で傾いた、という意味。確かに少し傾いている。
 昔の城壁の一部 
開祖・ポークン=ルワンポンの像 クリックで拡大 開祖・ポークン=ルワンポンの像
左が旧城門で開祖の像がある クリックで拡大 左が旧城門で開祖の像がある
  寺院の一番奥(西側)に、レンガ製の城壁と城門の一部が残る。この寺院はかつて、プレーの町の南端にあったらしい。旧城門には現在、プレーとこの寺院の開祖・ポークン=ルワンポンの像が祀られている。
 プレー博物館 
  500年近くの歴史を持つ古い仏像や、プレーの古い文物が集められ展示されている。
 クム=プラロー 
クム=プラロー クリックで拡大
昔のラーンナー様式の家で、生活用品の展示あり(上写真)
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◇ワット=ポンスナン วัดพงษ์สุนันท์
チェディー 基壇に亀がいる クリックで拡大 チェディー 基壇に亀がいる
印象的な山門と礼拝堂 クリックで拡大 印象的な山門と礼拝堂 
  以前この地にはワット=ポンサヌックという荒れ寺があった。南の池に小さな亀がいると聞いたビルマ・バゴーの人が、亀を捕りに池に入ったが水死してしまったので、友人の一人が小さなチェディーと、周囲に亀4匹の像を建てて弔ったという。その後礼拝堂が建てられたが、仏暦2472(西暦1929/30)年、洪水のため壊れてしまった。そこで、ルワンポンピブンとその妻チャオスナンターが施工主になって新しい礼拝堂を建て、今の寺院名がつけられた。
 場所 
ワット=ルワンから道を挟んですぐ近く
仏塔基壇の亀 クリックで拡大 仏塔基壇の亀
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◇クム=ウォンブリー(ウォンブリー御殿) บ้านวงศ์บุรี
精緻な彫刻による飾り クリックで拡大 精緻な彫刻による飾り
  仏暦2450(西暦1907-08)年、チャオプロム(ルワンポンピブン)とチャオスナンター=ウォンブリー เจ้าสุนันตา วงศ์บุรี  の夫妻の屋敷として、中国広東の職人が、地元のチーク材を使って2階建てのヨーロッパ風の家に仕上げた。
  暑季でも涼しく過ごせるよう、天井は高く、屋根は二層につくられ、二つの層の間に風を通す穴がある。破風、屋根の端、回廊、窓や扉などには、たいへん精緻に木を彫刻した飾りに注目してほしい。
  チーク造りの屋根は昔のまま残っていたが、仏暦2518(西暦1975)年、老朽化のため、鉄製のものに取り替えられたが、木を彫刻した飾りは元のままである。
  建物の中は、一族が長い間受け継いできた銀製品、焼き物、古い日用品や、ラーマ5世による任命書、100年以上前の奴隷の売買書類、木材伐採の許可書、象や牛の所有証明などの重要な書類が展示され、当時の貴族の暮らしぶりを思い起こさせる。
チャオスナンター=ウォンブリーは、最後のプレー国主(在位 仏暦2432-45=西暦1889/90-1902/03年)の妃の姪にあたる。
 場所 
ワット=ポンスナンのすぐ隣
入場料 30B
開館時間 9:00-16:30
クム=ウォンブリーは、仏暦2536(西暦1993)年、サヤーム建築家協会の優良保存賞を受けた。映画や書物の写真に使われるほか、カントークディナーも開催される。 上へ戻る

◇ワット=プラノーン วัดพระนอน
古い言い伝えのある寝仏 クリックで拡大 古い言い伝えのある寝仏
  言い伝えによれば、仏暦1418(西暦875-76)年に領主夫妻によって寝仏がつくられたが、プレーの町が荒れ果てると、この寺院も荒れ寺となり、ツタが寝仏を覆い、ついには森となってしまった。その後、ここで夜を過ごした商人が、残っていたレンガから寺院のあとではないかと地元の人たちに告げた。村人たちが森を切り開くと、大きなマンゴーの木が傘のように寝仏に覆い被さっているのを発見し、修復したという。
  現在は、チエンセーン式の本堂(窓の代わりに明かり取りの小窓がある)、ラーンナー式の仏塔、寝仏(漆喰造り、長さ9m)を祀る礼拝堂などがある。また、上述の言い伝えや、プレーの年中行事などを描いた絵も見ることができる。
 場所 
プレー旧市街の北西端
仏塔(左)と本堂 クリックで拡大 仏塔(左)と本堂
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◇ワット=プラルワン วัดพระร่วง
立派な山門 クリックで拡大 立派な山門
ラーンナー式の仏塔 クリックで拡大 ラーンナー式の仏塔
 場所 
プレー旧市街の南部
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◇ワット=プラバートミンムアン วัดพระบาทมิ่งเมือง วรวิหาร
通りからコーサイ仏が見える クリックで拡大 通りからコーサイ仏が見える
コーサイ仏の礼拝堂と<br>仏足石の塔堂(左) クリックで拡大 コーサイ仏の礼拝堂と
仏足石の塔堂(左)
  もともと道を隔てて、ワットプラバートとワットミンムアンという2つの古い寺院があったが、プレー国主による統治終了後、ともに打ち棄てられていた。そこで仏暦2492(西暦1949)年、2つの寺院をあわせて修復、建設され、今の寺院名になった。
  寺院には、プレー県を代表する仏像の一つ、「コーサイ仏」が祀られている。この寺院の僧侶が、北タイ暦7月白分1-3日につくれば霊験あらたかな仏像が得られるとした記述を、バイラーン(貝多羅葉)の巻物の中に見つけ、当時の県知事が中心になって、この仏像を仏暦2492(西暦1949)年のその日(4月22-24日)につくったという。高さは2m50cmで、ピッサヌロークにある有名な「チンナラート仏」とそっくりの、すらりとした美しい仏像だ。
  そのほか、仏足石のあるミンムアンチェディー、博物館、僧の学校、2階建ての鐘楼などがある。
 場所 
プレー旧市街のほぼ中央部、ロータリーの南
霊験あらたかなコーサイ仏 クリックで拡大 霊験あらたかなコーサイ仏
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