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シーサッチャナーライ歴史公園の見どころ(2)  チャリエン地区 (城壁外東部)  このページの内容 
◇ワット=プラシーラッタナマハータート
◇ワット=チョムチューン
◇ワット=チャオチャン
◇ワット=コークシンカーラーム
 
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 城壁内
 チャリエン地区(城壁外東部)--このページ
 焼き物地区(城壁外北部)
◆旅日記から(01年7月)(4ページ)
◆スコータイ朝の歴史
Map of Sisatchanalai Historical Park
シーサッチャナーライ歴史公園全体図
クリックすると拡大図が別画面で開きます。拡大図から各見どころへリンクしています
  城壁から東へ約2km、ちょうどヨム川が大きく蛇行する辺りは、スコータイが独立する以前にクメール人の支配の中心地だった。ワット=プラシーラッタナマハータートをはじめ、ラテライト岩を用いて建てられた、12世紀のクメール様式の寺院が残る。

◇ワット=プラシーラッタナマハータート วัดพระศรีรัตนมหาธาตุ
Wat PhraSiratanaMahathat, click to enlarge 正面門塔の観世音菩薩
  チャリエン地区の中心に立つひときわ大きな寺院で、約90m×60mもの大きさの壁に囲まれている。
正面の門  小さな門塔の上部の四面に刻まれている、観世音菩薩の涼しげな顔が印象的。カンボジアのアコール=トムのバイヨンを連想させる造形で、何とも独特である。ヨム川の氾濫で土砂が堆積したためか、門は高さが1mほどしかなく、くぐることはできないが、その分飾りがよく見える。反対側にも同じような門があったが、そちらの方は飾りが崩れてしまっていた。
Wat PhraSiratanaMahathat, click to enlarge ウィハーンとプラーン
Wat PhraSiratanaMahathat, click to enlarge 流れるように美しい遊行仏
ウィハーン本尊の左に残る
プラーン(とうもろこし型の仏塔)  後世のアユタヤ時代のもの。その時代に特徴的なスタイルをしている。登れるように階段がついている。プラーン内部の壁には絵がかすかに残ってはいるが、ほとんど消えかかってしまっている。狭い急階段を登ると、境内全体はもちろん、この辺り全体を見下ろすことができ、壮観だ。
ウィハーン(礼拝堂)  プラーンの前面、基壇と柱が残る。奥には大きな仏座像が1体祀られる。その左右には、古くて顔が無くなってしまっている仏像、下半身が土に埋まってしまっている仏像など、数体の仏像が並ぶ。注目すべきは、向かって左側に立つ、流れるような遊行仏だ。腕と足の一部は失われているが、それでも歩いている姿であることが誰にでもわかる。顔の表情も優しくほほえんでいるようだ。
その他、寺院の壁の中にはナーガにすわる仏像、崩れかけたチェディーなどが残されていた。
壁の外側  プラーンの背後に、上部が崩れた大きなチェディー(プラタートムタオとよばれる)が1基立っている。仏暦2535(西暦1992)年に、チェディーの上部を飾っていた金属の飾りが発掘された。
チェディーの背後には2体の仏像がるが、もとは四体仏が表面を飾るモンドップ(スコータイのワット=チェトゥポンのような)があったと考えられている。
場所:チャリエン地区の最も東。ヨム川にかかるつり橋を渡ると、正面がこの寺院
別名:ワット=プラボロマタートムアンチャリエンวัดพระบรมธาตุเมืองเชลียง
ワット=プラプラーンวัดพระปรางค์
王室寺院「第1級ラーチャウォーラウィハーン」(No2のランク。全国に10寺のみ)に位置づけられている

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◇ワット=チョムチューン วัดชมชื่น
WatChomchun, click to enlarge 手前からウィハーン、モンドップ
その向こうにチェディー
  手前のウィハーン(礼拝堂)の基壇は、前面にポーチがあり、柱が数本が残される。礼拝堂の背面には三角形の屋根を持つモンドップ(塔堂)がよく残っている。その奥には、釣り鐘型のチェディー(仏塔)があるが、上部はなくなっている。このスコータイ様式の建物であるが、ウィハーン付近の発掘によってレンガ製の建物の土台が見つかった。かつてここにクメール風のプラーン(仏塔)があった可能性が指摘されている。
  このウィハーンの手前の場所、地下7-8mの部分から3-4世紀以降のものとされる15体の人骨が発掘された。現在、ここには人骨展示館が作られ一般に公開されている。
場所:ワット=プラシーラッタナマハタートから東へおよそ400m。ヨム川の近く

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◇ワット=チャオチャン วัดเจ้าจันทร์
Wat Jaojan, click to enlarge クメール式のプラーン
  クメール式のプラーンは、スコータイ独立以前、クメール王ジャヤヴァルマン7世(在位1181-1220?)時代のものという。王は首都のアンコールトムから王国各地の宗教施設にいたる街道に沿って、療養所や旅人のための宿泊所を100か所以上作ったというが、ここはそのうち最も北に残る療養所だとされる。
  のちにウィハーンが付け加えられ、寺院に転用された。
場所:ワット=チョムチューンのすぐ後ろ側

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◇ワット=コークシンカーラーム วัดโคกสิงคาราม
Wat Khoksingkharam, click to enlarge チェディーは1基しか見えないが奥にもう2基ある
  同一基壇の上に縦に並んだ3つのやや小振りなチェディーが特徴。その前はウィハーンだが、壁が比較的よく残っており、石柱のスリット窓も見られ、往時の様子が想像できる。なお、ウィハーンの右手には小さなウボーソット(本堂)のあとがあった。
  スコータイ時代の王妃がシーサッチャナーライの町の中心に建てたもので、「北部年代記」によると、スコータイの王が新たに仏暦を採用するにあたり、高僧と500人の羅漢、サンガの僧をこの寺院に招来した、という。
場所:チャリエン地区から城壁に向けて西に1kmあまり行くと、道の左側にある。
「北部年代記」・・・ラーマ2世王が編纂した年代記

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