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旅日記から  タイ国発祥の地を訪ねて -スコータイ・カムペーンペット- 2001年07月  (3)
 このページの内容   ◇7月27日
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スコータイ 見どころ ◆シーサッチャナーライ 見どころ ◆カムペーンペット 見どころ

 2001年7月27日(金)  スコータイ→シーサッチャナーライ→スコータイ 曇り 涼しい
 
恐怖のつり橋
  朝7:00過ぎ起床。昨日の疲れと酔いのせいか少し調子が悪い。乗合ソンテウでバスターミナルに向かう(4B)。9:00過ぎにウッタラディット行きのローカルバスが来たので、車掌さんにシーサッチャナーライを通ることを確認して乗り込む。出発を待つ間、バス内に私を見つけた外国人が2人あいついでバスに乗り込んで来て道を聞かれた。ピッサヌロークからバスでやってきた日本人のおじさんは、スコータイ歴史公園へ行きたいと言う。 もう1人はどこかのアジア人の若い男性で、スコータイの街に行きたいと言う。 それぞれの場所へ行くソンテウ乗り場を教えたが、この新しいバスターミナルのことがガイドブックに 載っていないので困ったのだろう。
  9:20、発車。シーサッチャナーライまで運賃25B。バスは途中サワンカロークの街で30分停車したので、1時間40分もかかった。あらかじめ車掌のおばさんに「ムアンカオ」(古い街)で降ろしてくれるように言っておいたので、近くに来ると車掌さんは、貸自転車屋の前でいいねと念を押し、そこで降ろしてくれた。降りると床屋の前に自転車が並べてあった。どうやらレンタサイクルは床屋のサイドビジネスらしい。自転車は1日30Bだった。 よく見ていいものを借りたつもりだったが……。
  レンタサイクル屋のおじさんは、この道を行って右手がお寺だよと教えてくれた。 その通りに細い道を行く。……とびっくり。狭いつり橋だ。手すりはなく、ワイヤが渡してあるだけ。 足もとは幅1mほどの木の板が敷いてあるだけで、しかもデコボコ。今借りたばかりの自転車なので、 まだ慣れずにフラフラするが、自転車から降りて体勢を立て直すスペースもない。下は増水したヨム川が 満々と茶色い水をたたえ、渦を巻いてすごい勢いで流れている。タイヤを取られて転んで落ちたら、 濁流に巻き込まれてひとたまりもないと真剣にびびった。おそるおそる行くと、 何と向こうからバイクがやってくるではないか。すれ違いざまに接触したら川に落ちて死ぬ、と覚悟した……が、 バイクのお姉さんは橋の入口で止まって待っていてくれた。感謝!  やっとの思いで渡りきったが、こんなに恐ろしいつり橋はなかった。
1米ドル=45.56B(バーツ)
1B=約2.7円

朝食:バスターミナルで、コーヒーとサンドイッチを買う。18B
 
このつり橋を避けたい人は、街道沿いに1kmほど、バスの走り去った方向へ行くと、コンクリートの橋がある。
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チャリエン地区から焼き物の里へ
  恐怖のつり橋を渡りきったところが、ワット=シーラッタナマハータートだった。入口で共通入場券を見せると、係員兼売店のおばさんがスタンプを押してくれる。恐怖のせいか口が渇いたのでコーラを注文すると、氷をコップに2杯もサービスしてくれた。おばさんたちと「そこのつり橋怖かったよ」などと話しながらコーラをいただいた。この辺りはちょっとした市場になっているようだが、おばさんたちの笑顔がいい。
  この寺院はひときわ大きく、バイヨンを連想させる正面の門の観世音菩薩、途中まで登ることができるメインのプラーン(クメール式の仏塔)、その左側に立つ優美な遊行仏など、見どころも多い。しかし他に見学客もほとんどなく、静かすぎるくらいだった。
  自転車でこの辺りの遺跡をめぐる。ワット=チョムチューンには、仏像を納めたモンドップがよく残っていた。隣のヨム川のほとりには、ここで発掘された15体の人骨の展示場があった。先史時代からドヴァーラヴァティーの時代(7-8世紀)のものという。ワット=チャオチャンは、クメール王ジャヤヴァルマン7世(在位1181-1220?)の時代、街道沿いに建てられた療養所が起源だという。ヨム川に沿ってさらに西へ行くと、道沿いにワット=コークシンカーラームがあった。
  昨日と違って、今日は曇っているためか涼しく、自転車をこいでも快適だ。まもなくシーサッチャナーライの城壁が見えてくるが、城壁内は後回しにして通り過ぎ、先に城壁の北西部をめざしていた。すると向こうから来た赤い車が止まり、運転手が窓から顔を出して「どこ行くの? 覚えてる?」と声をかけてきた。観光客とおぼしき白人を数人乗せていた。誰だろう、とよく見ると……驚いた!  昨日飲んだ食堂のおじさんではないか。「もちろん覚えてるよ。自転車でまわってるんだ」と答えて、 お互いこんなところで出会った偶然に笑いあった。あとで聞くと、 スコータイとシーサッチャナーライをまわって、1日1台1300Bで、だいたい毎日仕事があるという。 昨日は一緒に酔っぱらっていたが、なかなかのやり手ではないか。
  城壁の北西部には200以上の窯跡が残されており、サンカローク焼きの一大産地だった。道沿いには当時の窯跡がいくつか残されている。形はどれも似ていて、長さが7-8mのひょうたん型をしている。大きい方で火をたき、 小さい方から煙を抜く構造だと思われる。パーヤーン窯を見物し、さらに自転車で20分行くと、コノーイ窯を保存展示する立派な博物館が少し離れて2か所あった。たくさんの窯跡が保存されていて壮観だが、かなり遠い。
  今来た道を自転車でおよそ30分ほど戻り、ワット=クディーラーイを過ぎると、ようやく城門(タオモー門)に着いた。
この辺りを「チャリエン」という。ヨム川が大きく蛇行して天然の要害になっているためか、スコータイが独立する以前、クメール人たちの拠点だったらしい。
150Bのスコータイ共通券で入場可。
Wat PhraSiratanaMahathat, click to enlarge 流れるように美しい遊行仏
ウィハーン本尊の左に残る
 
コノーイ窯の博物館・・・やはり共通券で入場できた。
Konoi Kiln, click to enlarge
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自転車が故障!
  城壁内を見学する前に、少し休憩しようと遺跡公園入口の売店に寄った。店番の女の子にスプライトを注文した。午後1時半になっていたので、「何か食べるものある?」と尋ねると「ないんです」という。仕方ないのでお菓子を買ってテーブルについた。隣のテーブルでは、タイ人のおばさんが3人、昼間からビールを数本空けて威勢がよかった。女性が外で酒を飲んでいるのはタイではとても珍しい。
  しばらくすると、さっきの女の子がテーブルにやってきて、マイ(仮名)と名のった。年は20くらいだろうか。私が日本人であることを確認すると、日本語を勉強していてわからないところがあるので教えてほしいと、どこからか日本語の学習帳とノートを持ってきた。いつか日本へ遊びに行きたいので、もっと日本語を話せるようになりたいが、練習する機会がないと言っていた。スコータイならともかく、シーサッチャナーライまで足を伸ばす日本人は少ないようだ。それなら日本語を勉強して、手紙を書くといいよ、と言って住所を交換した。
  さあ、これから城壁内をまわろうという矢先、自転車がおかしい。ペダルが重くてこげない。降りて見てみると、ボディーの溶接が一か所はがれていた。困っていると、その様子を見ていたのか、マイがバイクに乗って来てくれ、「もしダメなら自転車を置いて、私とまわりましょう。帰りはバス停まで送ってあげるよ。」「自転車は、あそこの床屋のでしょ? 大丈夫、私知り合いだから言っておいてあげる。あとから取りに来てもらうから平気だよ。」 と言ってくれる。なにしろここから床屋までは2、3㎞はあるので、そこまで引いていくことを考えると、マイの申し出は本当にありがたく、そのことばに甘えてさせてもらった。
  その時はマイがバイクの後ろに乗せて案内してくれるものと思った。一緒に入口まで戻り、 自転車を置くと、マイはそこに止めてあったトラムの運転台に乗り、「私が運転するのよ」と得意げに言った。 なぜわざわざそんなものでまわるのかと疑問に思ったが、その謎はすぐに解けた。ちょうど大型バスが到着し、ぞろぞろと降りてきたフランス人観光客18人がタイ人のガイドに連れられて、トラムに乗り込んできたのだ。 マイは売店で働くかたわら、団体客が来るとこうやってトラムを運転するのだそうだ。彼女は私に隣の助手席を勧めてくれ、出発となった。 走ると風が心地よい。緑が多く、スコータイより観光客はずっと少なくて、感じのいい遺跡公園だ。
  そんなわけで、遺跡公園内はトラムに乗って、マイのガイド付きでまわることになった。 (トラム代は1人20Bらしいが、これも払わずにすんだ。)自転車が故障した時は暗澹たる思いだったが、マイのおかげで 「災い転じて福と成す」だ。またタイが好きになった。
この歴史公園も、共通券で入場。
昼食:スプライトとお菓子、15B
マイ クリックで拡大
マイはいつか日本へ遊びに行きたい、と独学で日本語を勉強していた。ノートにはひらがながびっしり書かれていた。簡単な会話も少し話せた。
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トラムで遺跡公園(城壁内)をめぐる
  14:30-15:40ころ、マイの運転するトラムで、フランス人一行と次の4か寺を訪ねた。
ワット=ナーンパヤー・・・礼拝堂の壁に残る模様のレリーフが美しい。
ワット=チャーンローム・・39頭の象が取り囲む釣り鐘型のチェディーが見もの。すぐ近くには本物の子象がいて、観光客にバナナをねだっていた。
ワット=チェディーチェットテーオ・・異なる様式の仏塔が33基も並び壮観。スコータイ王家の遺骨の安置場所だとも言われる。
ワット=カオパノムプルーン・・114段の階段を登ると、頂上に仏座像が一体安置されていた。
  見学が終わって入口へ戻る。フランス人たちが観光バスに乗り込むと、あたりは急に静かになった。スコータイへ帰る終バスが午後4時ころというので、あまり時間はなかった。マイはトラムを元の場所に置くと、 バイクの後ろに私を乗せて、来た時に降りたバス停まで送ってくれた。ついでに床屋に寄って壊れた自転車のことを説明してくれた。マイには本当に、何から何までお世話になってしまった。
  バス停にはすでに白人の観光客が2人いた。マイと一緒にバスを待つ。10分ほどして、 スコータイ経由ピッサヌローク行きのバスがやって来た。こういう時に限ってバスはすぐ来るものだ。後ろ髪を引かれながら、16:15、バスに乗り込んだ。
  ちょうど退勤時間だろうか、仕事帰りといった様子の客がけっこう乗り込んでくる。17:00過ぎ、スコータイのバスターミナルに着いた。27B。まだ旅の途中なのだが、何か現実に戻ってきたような不思議な感覚だった。
  ホテルまで乗合ソンテウ(4B)で帰って休憩。20:30ころ夕食。昨日と同じ、昼間シーサッチャナーライで白人観光客を車で案内していたおじさんの食堂へ行った。昨日の酔っぱらいおじさんはいなかったが、食堂のおじさんと話が弾んだ。「自転車でまわってたね、疲れたでしょ。」「うん。しかもあの自転車、途中で壊れてね。大変だったよ。でも女の子が助けてくれて……。」……。気がつくとビアシン大瓶を3本も飲んでしまっていた。 明日はスコータイを発つので、この食堂のおじさん、おばさんにもお礼とお別れを言って、ホテルに帰る。 いい人ばかりに出会い、その人たちのおかげで楽しく旅をさせてもらっている、とつくづく思った。
Wat NangPhaya, click to enlarge ワット=ナーンパヤー
Wat ChangLom, click to enlarge ワット=チャーンローム
 
夕食: 昨日と同じ店。ビアシン大瓶3本、野菜炒め、ヤムヒマパーン、炒飯 420B
宿泊:同前 1泊220B
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