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スコータイ歴史公園の見どころ(4)      城壁外南側・東側  このページの内容 
◇城壁南門(ナモー門)
◇ワット=トンチャン
◇ワット=チェトゥポン
◇ワット=チェディーシーホーン
◇ワット=ワット=シーピチットキティカンラヤーラーム
◇ワット=ワット=アソーカーラーム
◇ワット=チャーンロム
◇ワット=トラパントーンラーン
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 城壁内
 城壁外北側
 城壁外西側
 城壁外南側・東側--このページ
◆旅日記から(01年7月)(4ページ)
◆スコータイ朝の歴史
    城壁の南側の集落の中には、崩れかけた寺院が次々と現れる。スコータイ新市街へ続く道沿いの城壁東側にも、特徴ある寺院が点在する。
Map of Sukhothai Ruins
スコータイ歴史公園全体図
クリックすると拡大図が別画面で開きます
Map of Sukhothai Ruins area03 Wat Srasri Wat Traphang Ngoen Wat SriSawai Wat Mahathat & Former Palace Wat Mahathat & Former Palace King Ramkhamhaeng Monument Wat Traphang Thong Wat Tonchan Wat Chetuphon Wat ChediSiHong Wat SiPhichit Wat Asokaram Wat ChangLom Wat TraphanThongLan
見たい箇所をクリックしてください

◇城壁南門(ナモー門) ประตูนะโม
South Gate(Namo Gate), click to enlarge 城門外の守衛所あと
  ここも三重の城壁に門が穿たれている。最近の調査によれば、城壁はそれぞれ建設時期が異なっているようだ。つまり、最初は城壁と壕が1つずつ作られ、のちにさらに城壁が付け加えられたわけだ。また濠には、城内を洪水から守る役割もあった。
  門外には、建物の基壇と柱が残る守衛所のあとがあった。
場所:ワット=マハータートから南へ1kmほど 上へ戻る

◇ワット=トンチャン วัดต้นจันทร์
Wat Tonchan, click to enlarge 礼拝堂と肩から下だけの仏像
Wat Tonchan, click to enlarge 仏塔
  ぼうぼうの草むらの中に、上部が崩壊している釣り鐘型の仏塔と、その前に中のレンガがむき出している肩から下だけの大きな仏座像、そして礼拝堂のあとが残されている。
  来歴は不明だが、50年ほど前の芸術局の調査によって、陶製の有名なプラクルアン(身につけてお守りにする小さな仏像)が出土している。
場所:ナモー門から数百メートル南へ行くと「ワット=トンチャン」の看板があるのでそこを左折 上へ戻る

◇ワット=チェトゥポン วัดเชตุพน
Wat Chetuphon, click to enlarge 左から礼拝堂、モンドップ、チェディー
手前の水路は宗教行事が行われる領域の境界を示すを示す
  真っ先に目に飛び込んでくるのは、大きな仏像のレリーフがあるモンドップ(塔堂)だ。四角柱に背中合わせに仏立像と遊行仏が立っている。両方とも頭部が崩壊しているが、その大きさと優美さは印象的である。あとの2面には仏座像と寝仏があったはずだが、今は残っているレンガの形からその姿を想像するしかない。
  モンドップの奥には上部が崩れたチェディー(仏塔)があり、中には仏座像が一体祀られていた。なお、モンドップとチェディーを囲む石板でできた柵が一部復原されており、往時の様子が想像できる。
  来歴についてはよくわかっていないが、ワット=ソーラサック出土の碑文によると、スコータイ時代後期の仏暦20世紀半ば(西暦15世紀初め)ころ、ある高官がワット=ソーラサックで雨季ごもり(雨季の間出家すること)をする時、ワット=チェトゥポンから僧を集めて話し合い、ワット=ソーラサックに象が支える仏塔その他の宗教施設を建てた、という。その記述からして、ワット=チェトゥポンはかなり重要な寺院であったらしい。
Wat Chetuphon, click to enlarge 立像(左)と寝仏 寝仏はレンガの積み方から辛うじて想像できる
四体仏のモンドップ(塔堂)
東側(正面)に遊行の姿、南面に涅槃の姿(寝仏)、西面に立った姿、北面に座った姿の仏像があった。このような四体仏(シーイリヤボット)は、他にワット=プラパーイルアンや、カムペーンペットのワット=シーイリヤボットにもある。
西面(立像)
南面(寝仏) モンドップ 北面(座像)
Wat Chetuphon, click to enlarge 座仏(右)と遊行仏
脚の部分のレンガで座仏とわかる
Wat Chetuphon, click to enlarge 遊行仏(右)と寝仏
東面(遊行仏)
Wat Chetuphon, click to enlarge 東側(正面) 遊行の姿
Wat Chetuphon, click to enlarge 優美な遊行仏の姿
石板の柵にも注目したい
場所:南門からの道をさらに南下
Wat Chetuphon, click to enlarge ワット=チェトゥポン復元図
Wat Chetuphon, click to enlarge モンドップの奥のチェディー
寺院全体を囲むように小さな水路が設けられているが、これによって宗教行事が行われる領域の境界を示すもので、スコータイ時代の寺院の特徴だという。
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◇ワット=チェディーシーホーン วัดเจดีย์สี่ห้อง
Wat SiHong, click to enlarge メインの仏塔(チェディー)
Wat SiHong, click to enlarge 仏塔基部のレリーフ
  中央の釣り鐘型の仏塔(チェディー)のほか、そのメインの仏塔を取り囲む小さな仏塔の基壇がいくつかと、壁が一部残った礼拝堂が残っている。
  見どころは、メインの仏塔の基部に漆喰で作られた、着飾った人物や、象に乗ったガルーダ、獅子などのレリーフである。後世、何度も修復されてはいるが、優美な美しさがある。人物像は、地下界に住む神々を表していると言われ、手には豊饒を示す芽吹いた植物の入った入れ物を持っている。スリランカで流行した図柄だという。
場所:ワット=チェトゥポンのすぐ東隣
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◇ワット=シーピチットキティカンラヤーラーム วัดศรีพิจิตรกิรติกัลยาราม
Wat SiPhichit, click to enlarge 仏塔の遠景
  :この寺院の大きな釣り鐘型の仏塔は遠くからでもよく見える。スコータイの他の仏塔と違って、高い基壇の上に建っているのが特徴だ。礼拝堂に面した東側には、仏像を祀る龕(がん)が穿たれている。
  この寺院で出土した碑文によれば、仏暦1946(西暦1403/04)年、スコータイ王マハータンマラーチャー2世の妃(マハータンマラーチャー3世の母后)が、カムペーンペットから高僧を招来して創建した、という。
場所:ワット=チェトゥポンから東へ道なりに行くと、右手に仏塔が見えてくる
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◇ワット=アソーカーラーム วัดอโสการาม
Wat Asokaram, click to enlarge 礼拝堂のあと
  道沿いに礼拝堂、その奥にチェディー(仏塔)が残る。チェディーは蓮のつぼみ型だが、上部は崩壊している。
  碑文によると、仏暦1942(西暦1399/1400)年、スリランカから仏舎利を招来してスコータイ王マハータンマラーチャー2世の妃が建てた、という。
場所:城壁の南東
城壁内部から東門を出て右折。しばらく直進して右手
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◇ワット=チャーンロム วัดช้างล้อม
Wat ChangLom, click to enlarge 象が支えるチェディー
  立派な釣り鐘型チェディーを、36頭の象が支えている。象は全く無くなっているもの、鼻が無くなってしまったものや修復されたものもある。チェディーの周りに残る2列の柱は、回廊のあとだろうか。
  チェディーの前には、礼拝堂(ウィハーン)の基壇と柱がある。
  この寺院からは由来を記した碑文が出土している。それによると、リタイ王に忠実な貴族の女性が、仏暦1933(西暦1390/91)年に亡き王の供養のため、この地に寺院を建立した、という。
  (要推敲)
Wat ChangLom, click to enlarge 寺院遠景 右に礼拝堂が残る
Wat ChangLom, click to enlarge 36頭の象が支えている
Wat ChangLom, click to enlarge 象が並ぶ姿は壮観だ
場所:城壁の東外側。城壁内からスコータイ新市街へ向かい左手にある。道路から少し脇道へ入ったところにあるので、看板を見逃さないように。
Wat ChangLom, click to enlarge 全く無くなっている象、
鼻が無くなった象も多い
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◇ワット=トラパントーンラーン วัดตระพังทองหลาง
  大きな四角柱型のモンドップ(塔堂)と本堂(ウボーソット)の基壇が残っている。
  仏塔はないが、モンドップがその役割を果たしていた。スコータイに建てられた寺院のみに見られる特徴だという。モンドップは正面(東側)に入口が開き、かつては内部に一杯の大きさの大仏が祀られていたというから、ワット=シーチュムとよく似ているが、今は無くなってしまっている。その以外の三方の外壁には、ブッダの説話を題材にした漆喰のレリーフがあったが、これもほとんど崩壊してしまっている。
  由来については不詳だが、これらの優美なレリーフから判断して、スコータイ時代後期の、文化が爛熟した時代のものだと考えられている。
  なおここには新たに寺院が建てられ、僧が常駐する「生きている」寺院となっている。
場所:城壁の東外側。大きな道路沿いなので、すぐわかる
モンドップ南面には、ブッダが、自分を生んで7日後に亡くなった母親(マーヤー夫人)に仏法を説くため昇天し、 90日後、ブラフマー神とインドラ神を従えて帰ってくる(三道宝階降下 さんどうほうかいこうげ)時の様子を表しているレリーフがあった。
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