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ナコーンラーチャシーマー 見どころ紹介 (3)
  ピマーイ遺跡 その1 ปราสาทหินพิมาย
 このページの内容 
◇ピマーイの来歴
◇神殿のみどころ(1)回廊まで
◇神殿のみどころ(2)回廊の内側
◇伽藍配置図
以下は次ページ
◇プラトゥーチャイ(勝利門)
◇クティ=ルーシー(仙人の家)
◇メール=プロマタット
◇ピマーイ国立博物館
◇サイガーム公園
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 市内とその周辺
 郊外(パノム=ワン遺跡など)
 ピマーイ 遺跡1 
 バーンプラサート
 旧コーラートの遺跡群1 
旅日記から・・・・知られざるコラートを訪ねて '12.08(3ページ)
Passage way, Phimai, click to enlarge ピマーイ遺跡 神殿正面(南側)
正面の塔が主祠堂、右側はプラーン=プロマタット
  ナコーンラーチャシーマーから国道2号線を北東へ約60km。「タイのアンコール=ワット」として有名なピマーイの遺跡は、タイ最大のクメール遺跡でもある。中心に位置する神殿は、本物のアンコール=ワットより古く、カンボジア・アンコール朝(クメール帝国)のスールヤヴァルマン1世(在位1006-50年)の時代からジャヤヴァルマン7世(在位1181-1218年)の時代にかけて建てられた。
  最近、修復が済んで当時の威容が再現されている。ややきれいになりすぎた感もあるが、建物の規模やデザインには圧倒される。建物のあちこちに残る美しいリンテル(まぐさ石)や破風のレリーフを見るのも楽しい。

◇ピマーイの来歴 ประวัติของพิมาย
Naga Bridge, Phimai, click to enlarge 神殿正面。手前はナーガの橋
町の建設
  古くからムーン川流域の交通の要地であったピマーイは、ドヴァーラヴァティー時代には町の建設が始まっていたようだ。9世紀ころには大乗仏教が広まり、11世紀にクメール帝国の文化的影響が及ぶと、大乗仏教信仰の中心地となった。四角い濠の中央部に、宗教信仰や儀礼の場としての神殿が建つというクメール式の都市が建設された。都市全体の大きさは、幅(東西方向)565m、長さ(南北方向)1030mである。神殿から見つかった碑文によれば、クメールの時代には、「ウィマーイ」ないしは「ウィマーイプラ」とよばれており、今日の名前の由来となった。
神殿の建設
  中央の神殿は、カンボジアの王で仏教徒でもあったスールヤヴァルマン1世 Suryavarman I (在位1006-50年)が、7つの頭のナーガ(竜王)に守られた仏陀像を祀るため建てたもので、同じく仏教徒の王ジャヤヴァルマン7世 Jayavarman VII (在位1181-1218)が増改築した。ここで発見された碑文には、1108年に降三世明王(ごうざんぜみょうおう)像を造らせたと書かれている。つまり建築技法や様式はクメール神殿なのだが、実は密教を含む大乗仏教をメインとする寺院だと考えられており、ヒンドゥー教の信仰が行われた他のクメール遺跡と違う特徴となっている。他のクメール遺跡とのもう一つの相違点は、ピマーイの神殿が東向きではなく、南向きに建っているという事実である。一般には、首都のアンコールへ向かう王道の方向を向いているためと考えられているが、異説としておもしろいのは、大乗仏教では南を大切な方位と考えているからという主張である。仏陀は涅槃の際北枕で亡くなったため、北は「死」、反対の南は「生」を表す、と考えるわけである。
行き方
ナコーンラーチャシーマー第2バスターミナル(新バスターミナル、町外れにある)からバスで1時間半ほど。バスは30分に1本ある。冷房バス50B
なおバスは、ナコーンラーチャシーマーのバスターミナルを出発したあと、旧市街北側の濠の外の通り(ミッタパープ通り)を走り、スラナーラーイ通りへ左折するので、ルート上のバス停で乗降可能。わざわざ第2バスターミナルへ行く必要はない。(2012年情報)

スールヤヴァルマン1世
  仏教徒と伝えられる。西バライの建設を始め、領域をロップブリーまで拡大した。
ジャヤヴァルマン7世
  仏教徒。混乱した国内を統一し、ムアンシン、スコータイ、チャムパーなどを支配する大帝国となる。宗教都市アンコール=トムほか、数多くの寺院を造営した。幹線道路網を整備し、121か所の宿駅、102か所の施療院を建設した。
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ピマーイの美女オラピムの言い伝え  アンコール=トムの王子ターオ=パーチット ท้าวปาจิต は占星術師の見立てにしたがって、将来の妃を探す旅に出た。まだ見ぬ王妃は貧しい未亡人のお腹にいるという。ソムリット(ピマーイの南西)でその母親に出会った王子は母と娘を援助し、やがてオラピム อรพิม と名付けられた娘は美しい女性に成長した。王子は結婚の準備のため国へ帰ったが、そのときウィマーイプラ(ピマーイ)の領主・ターオ=プロマタット ท้าวพรหมทัต がオラピムの美貌を聞きつけて無理やり妃にしようとしていると知った。王子はウィマーイプラに向かい、ターオ=プロマタットを暗殺してオラピムを連れ出した。途中でオラピムとは離れ離れになったが、その後再会した2人は、ウィマーイプラへ戻ってターオ=プロマタットの葬儀をすることを決心した。町へ入る前に2人はクティ=ルーシーへ寄ってそこの仙人(ルーシー)に町の人の怒りを静めてくれるようお願いした。その後メール=プロマタットにおいて無事にターオ=プロマタットの葬儀を終えた2人は、アンコール=トムへ帰って幸せに暮らしたそうだ。
その後
Phimai in 1986, click to enlarge 同左。回廊がひしゃげている
Phimai in 1986, Phimai, click to enlarge 1986年の写真。神殿正面
  13世紀にクメール帝国が衰え、スコータイ朝の時代となると、ピマーイは重要性を失い、衰退してしまった。
  1901年、フランス人考古学者・エティエンヌ=エモニエル Étienne Aymonier (1844-1929年)が「再発見」し、1936年タイ国芸術局がピマーイ歴史公園として登録した。1964年以降、フランス政府の支援を得てアナスティローシス(崩れてばらばらになった部材を組み立てるという方法)による復元が始まり、1989年4月12日、シリントーン王女を迎えてピマーイ歴史公園の開園式が執り行われた。
オラピムの言い伝えは、当時のアンコール中央政権とピマーイ在地権力との競合を物語るようで興味深い。実際、ピマーイ地方を拠点としていたマヒーダラプラ家は、かなり大きな権力を持っていたようで、クメール王ジャヤヴァルマン6世(在位1080-1107年)を輩出している。また12世紀にはマヒーダラプラ家の当主がピマーイ神殿のレリーフを作らせたことが、ここで発見された碑文からわかっている。
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◇神殿のみどころ(1)回廊まで 
  入場ゲートを通るとインフォメーションがある。パンフレットなどが置いてあるほか、遺跡紹介のパネル展示やビデオがあるので見ておくとよい。
プラッププラー พลับพลาเปลื้องเครื่อง
Phlap Phla, Phimai, click to enlarge 内部中央の通路。左右に部屋がある
Phlap Phla, Phimai, click to enlarge プラッププラー正面(東側)
  11世紀、神殿と同時期に建てられたもので、王や貴族たちが、旅行の際に休憩所として使われ、また宗教儀式に参加するとき身支度をする場所だった考えられている。中央の通路を挟んで2つの部屋に分かれている。
ナーガの橋 สะพานนาคราช 
Naga Bridge, Phimai, click to enlarge シンハとナーガ
Naga Bridge, Phimai, click to enlarge ナーガの橋(正面)
  神殿の入口にある十字型の高台(テラス)。橋になぞらえて欄干がある。正面には2頭のシンハ(獅子)が鎮座し、7つの頭を持つナーガ(竜王)が鎌首を持ち上げ、東西南北の四方を守っている。クメール寺院に普通にあるもので、人間界と神々の住む天上界を結ぶという意味がある。アンコールワットと同じ12世紀の様式だ。
外楼門(ゴープラ)と外壁 ซุ้มประตูและกำแพงแก้ว 
Outer Gopura, Phimai, click to enlarge 南楼門内側
Outer Gopura, Phimai, click to enlarge 南楼門外側。大きな柱で頑強なイメージ
  寺院の神域を囲む外壁の四方に、それぞれ十字型の楼門が設けられている。南と北の楼門は外壁辺のほぼ中央に、東と西のものはやや北に寄った場所にある。
参道 ชาลาทางเดิน 
Passage way, Phimai, click to enlarge 参道。かつては屋根があった
  道の部分を周囲より少し高くつくっているので、4つの四角い穴ができ、全体として十字型になっている。仏暦2530(西暦1987)年の発掘調査で、参道の両側に木柱の穴、瓦や陶製の屋根飾りが出土したことから、もともと参道には、12世紀ころ建てられた木製の骨組みの屋根があったと考えられている。
バンナーライ(経蔵) บรรณาลัย 
Bannalai, Phimai, click to enlarge 回廊西入口から見た経蔵
右側(北)は基壇のみ残る
  回廊の西側に2棟、南北に並ぶ。経蔵として使われていたと推測されている。北側のものはほぼ基壇のみだが、南側のものは壁が残り、内部が小さい部屋に区切られていたことがわかる。ここも柱のあとや瓦が出土していることから、木製の骨組みの屋根があったと考えられている。
内楼門と回廊 ซุ้มประตูและระเบียงคด 
Corridor, Phimai, click to enlarge 回廊南側入口。外側の窓は偽窓
  回廊は丸屋根が覆っていたが、現在は一部しか残っていない。回廊の内側の壁には窓があるが、外側の壁にはクメール式の偽窓が設けられている。東西南北4か所に楼門がある。南側と東側の楼門からはクメール語の碑文が発見され、1108年に当地の領主セーナーボディートライロークウィチャイが神像を奉納したことが書かれている。
Corridor, Phimai, click to enlarge シヴァリンガがあったと思われる(回廊北入口付近)
Corridor, Phimai, click to enlarge 美しく装飾された柱。基部にブラフマー神(?)が彫られる(回廊西辺)
Corridor, Phimai, click to enlarge 辛うじて屋根が残っている(回廊南辺)
入場:毎日7:00-18:00
入場料:外国人100B、タイ人20B
 
伽藍配置
Plan of Phimai
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美しいリンテル(ゴープラ、回廊)
(a)(b)...は上の図での位置
Outer Gopura, Phimai, click to enlarge (a) 南楼門外側。踊り子が並んで踊る
Outer Gopura, Phimai, click to enlarge (b) 南楼門内側。仏像が並ぶ
Bannalai, Phimai, click to enlarge (c) 経蔵北側の基壇におかれたもの。(右)仏像が並ぶ
次の回廊のリンテル3点はデザインが似ている。上半分に人物像、下半分に鳥(インド神話に登場し、ブラフマー神の乗り物とされるハンサ=タイ語ではホン=だと思われる)が11羽並び、中心を向いて羽を広げている。
Corridor, Phimai, click to enlarge (d) 最も保存状態がいいもの。上部は仏座像が並ぶ
左が欠けてしまい、最も左の鳥は羽根の一部のみ残る
Corridor, Phimai, click to enlarge (e) 黒く変色しているが、鳥は躍動的に表現されている
上部は、足を交差している神像。ブラフマーだろうか
Corridor, Phimai, click to enlarge (f) 表面が削れているが、上部中央にシヴァが踊り、その脇に天女が舞っているようだ
 
Corridor, Phimai, click to enlarge 縁起物を埋めた穴
南の内楼門には、鉄の柵で囲まれた小さな穴がいくつか床石にあいている。その穴から8弁の蓮の花を描いた黄金の板が8枚見つかったが、神殿建設に際して8つの吉祥を祈願するために埋めたもので、同時に水晶とルビーも見つかっている。(これらの縁起物は、ピマーイ国立博物館に展示されている)
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◇神殿のみどころ(2)回廊の内側 
主祠堂とモンドップ ปราสาทประธาน 
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge 主祠堂の中心に置かれた仏像(レプリカ)。本物はピマーイ国立博物館にある
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge 主祠堂北面(右手前)とモンドップ
左の塔はプラーン=プロマタット
  回廊の南側楼門をくぐると、手前にモンドップとそれに続く主祠堂が現れる。主祠堂とモンドップは、長さ22mの同一基壇上に建てられ、他の建物が赤い砂岩でできているのに対して白い砂岩製である。主祠堂の上に立つ高さ28m、7層のプラーン(塔)は、旧城壁の南入口であるプラトゥーチャイや、遺跡公園の外からも威容を見て取れる。
  モンドップ正面から内部へ入る。中はガランとして、主祠堂にナーガに守られた仏像が一体置かれているだけだが、視線を上に向けてリンテルに注目してほしい。見事なレリーフが見られる。
Mondop, Phimai, click to enlarge モンドップ正面
門柱の装飾
  建物外壁は装飾が施され、飽きさせない。リンテルや破風のレリーフ、偽窓、柱の装飾など、11-12世紀のクメール建築の粋を集めた作品が多い。貴重なものは博物館に展示されているが、やはりそのものが本来あった場所でこそ見たいものだ。
美しいリンテルと破風(主祠堂とモンドップの外面) (1)(2)...は右上の図での位置
Mondop, Phimai, click to enlarge モンドップ正面(南側)
Mondop, Phimai, click to enlarge (1) モンドップ正面破風
「踊るシヴァ神(ナタラージャ)」
Mondop, Phimai, click to enlarge モンドップ東面
柱の装飾や偽窓が美しい
Mondop, Phimai, click to enlarge (2) モンドップ東面
破風には鳥に乗るブラフマー神(?)
Mondop, Phimai, click to enlarge (3) モンドップ西面リンテル
仏陀の涅槃を猿たちが悲しんでいる
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge (4) 主祠堂北面
リンテルの装飾が美しい
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge 主祠堂東面
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge (5) 主祠堂東面
シヴァ神(?)が夜叉を踏んでいる
美しいリンテルと破風(主祠堂とモンドップの内面) (1)(2)...は右上の図での位置
Mondop, Phimai, click to enlarge (6) モンドップ内部西側
天井を支える獅子たち
Mondop, Phimai, click to enlarge (7) モンドップ内部
リンテルのレリーフ
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge (8) 主祠堂東内側
中央は密教の仏像にも見える
Main Sanctuary, Phimai, click to enlarge (9) 主祠堂西内側  菩提樹の下の仏陀に信者が寄進をしている
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回廊内部の伽藍配置
Plan of Phimai
Main Sanctuary & Mondop, Phimai, click to enlarge 1998年のモンドップと主祠堂
白い石で修復され違和感があった
プラーン=プロマタット(プロマタットの塔) ปรางค์พรหมทัต
Prang Phromathat, Phimai, click to enlargeプラーン=プロマタット正面(南側)
左はモンドップ
  主祠堂の右手前に建つラテライト製の塔。高さ15m、基壇の長さ14.5mで、四方に入口がある。12世紀末、ジャヤヴァルマン7世が建てたとされ、内部からは王のものとされる座像と、若くして亡くなったジャヤラージャデヴィー王妃をモデルにしたとされる女神像が発見された。この2体の像はピマーイ国立博物館に展示されている。現在、中に置かれている像は、王の座像のレプリカである。
(地元の言い伝えでは、この2体の像は、ターオ=プロマタットとオラピムのものだとされている。この言い伝えについてはこちら→
プラーン=ヒンデーン(赤い石の塔) ปรางค์หินแดง
Prang Hindaeng, Phimai, click to enlargeプラーン=ヒンデーン(左)とホー=プラーム(その右奥)。右手はモンドップ
  主祠堂の左手前にある高さ15m、基壇の長さ11.4mの塔で、四方に入口を持つ。その名の通り赤い砂岩製で、同じ高さのプラーン=プロマタットと対をなしている。主祠堂建設のあと、12世紀に建てられたもので、中からシヴァリンガが発見されていることから、何らかの宗教儀式に使われたと考えられている。

ホー=プラーム(バラモン堂) หอพราหมณ์
Prang Hindaeng, Phimai, click to enlargeホー=プラーム正面(東側)
  プラーン=ヒンデーンと同じ基壇上にあるので、同時期の建物だとされている。材料はラテライトと砂岩で、ピマーイでは例外的に東向きに建てられている。建物中心部から小さな砂岩製のシヴァリンガが7つ出土したことから、バラモンが宗教儀式を行った場所だと考えられている。あるいは、建物の位置から考えると経蔵として使われた可能性も指摘されている。

Prang Phromathat, Phimai, click to enlargeプラーン=プロマタット北側。破風のあとや柱の装飾が残る
Prang Phromathat, Phimai, click to enlarge建設者ジャヤヴァルマン7世像のレプリカが置かれている
Prang Hindaeng, Phimai, click to enlargeプラーン=ヒンデーンの天井。クメール建築はアーチ構造ではなく、石を少しずつずらして曲線を表現した。それにしても見事な石組みだ。
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このページの記述は、以下の書物を参考にしました。
「タイの事典」同朋舎出版、梶原俊夫「イサーンの旅」めこん、"นำเที่ยว ๗ ปราสาทหินแห่งอีสานใต้ " สำนักพิม เมืองโบราณ(タイ語)、歴史公園のパンフレット

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