titlelinkbar HOME MekongTOP NakhonRatchasimaTOP back next
ナコーンラーチャシーマー 見どころ紹介 (4)
  バーンプラサート บ้านปราสาท
 このページの内容 
◇バーンプラサートの歴史
◇第1サイトと博物館
◇第2サイト
◇第3サイト
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 市内とその周辺
 郊外(パノム=ワン遺跡など)
 ピマーイ 遺跡1 
 バーンプラサート
 旧コーラートの遺跡群1 
旅日記から・・・・知られざるコラートを訪ねて '12.08(3ページ)
Archeological Sight BanPrasat 遺跡のある村への入口。ここでバスを降り、バイクタクシーをチャーターする
  タイの先史時代の遺跡といえば、同じく東北タイ・ウドーンターニー県のバーンチエン遺跡が有名だが、ここはそれに次ぐ価値のある遺跡(約3000-1500年前)と考えられている。静かな村の中に発掘現場がそのまま保存されており、出土品は小さな博物館で見ることができる。ナコーンラーチャシーマーからピマーイへ行く途中に立ち寄ることができるので、時間があれば足を伸ばしてみたい。

◇バーンプラサートの歴史 
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge 集落の様子(博物館の展示)
  以前からこの辺りで見つかった骨董品を売りさばく者がいたので、仏暦2526(西暦1983)年、芸術局が発掘調査をしたところ、濠に囲まれた大きな集落跡であることがわかった。
  その調査によれば、約3000年前に最初の集落ができ、稲の栽培や家畜の飼育を行い、青銅器やラッパ状の口を持つ赤い土器を焼いていた。土器は遺体と一緒に埋められていた。
  2200年前には、新たに黒いピマーイ式土器が始まり、鉄や青銅、紅玉髄(べにぎょくずい、カーネリアン)や瑪瑙(めのう)などを使った装身具も製作されるなど技術の向上が見られた。
  1000年前になると、ドヴァーラヴァティーやクメールの文化的影響が現れたが、まもなく集落は消滅した。
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge 当時の暮らし(博物館の展示)
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge 現在の町。とても静か
  現在、3か所の発掘現場が公開されている。見つかった人骨は全部で60体、衛生状態が良くなかったせいか、5歳未満の子どものものが多い。大人のものだけで平均すると、男性の年齢36歳、平均身長166.41cm、女性は34歳、153.38cmであった。身長が高いのは、南方ポリネシア系の人だからでは、と想像されている。
行き方
ナコーンラーチャシーマーの第2バスターミナルから(旧市街北のミッタパープ通りを通るのでそこでも乗降できる)、ピマーイ行きのバスで44km、ノーンスーン郡(อ.โนนสูง)にある。所要約1時間。35B
大きなゲートの所で降りるが、あらかじめ車掌に言っておくといい。降りたところでバイクタクシーをチャーター。3つのサイトと博物館をまわって50B(2012年情報)
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge 遺跡の地図(博物館の展示。クリックで拡大)
up

◇第1サイトと博物館 
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge 遺跡の地図(博物館の展示)
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge サイト1(博物館の展示写真)
  集落のほぼ中央、小高い丘に位置する。3つのサイトのなかで、最大の規模をもつ。各時代の人骨が発見されているが、時代によって頭を向けられている方向が違うところがおもしろい。深さ5.5mの見つかった3000年前のものは南東向きに、2500年前のものは東向き、2000年前は南向きに埋められている。
  しかし副葬品の装身具類は似たものが多く、貝殻のバングル、ビーズ、青銅のネックレス・バングル・頭飾りなどが、故人が使った日用品とともにその遺体のそばに埋められていた。最初のころの土器は、赤土をコーティングして紐状の模様をつけ、首がくびれて広口の形状が特徴的だったが、なかには大きな人の形のようなものもあった。1500年前には、色が黒く表面がすべすべな黒色ピマーイ土器へと変わった。
  第1サイトのすぐ向かい側の建物が博物館だ。遺跡の説明や出土品、当時の人々の暮らしなどが、コンパクトに展示してある。
国道のバス停から約1km
入場料は無料
毎日 8:30-16:30
2012年8月、サイト1は中の見学はできたが工事中だった
Archeological Sight BanPrasat 工事中のサイト1
up

◇第2サイト 
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge サイト2 人骨が2体見える
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge サイト2の外観
  集落の北西に位置する。わずか4m四方の小さな発掘場所だが、青銅を溶かした坩堝や鋳型、炭や土を焼いた跡など、先史時代の重要な遺物が発見された。しかし長年にわたる盗掘によって、かなり破壊されてしまった。7体の人骨が見つかったが、はっきり特定できたのは2体のみで、いずれも黒色ピマーイ土器と青銅製の装身具とともに葬られていた。
  ここの上層部は、7-10世紀、宗教施設があった場所で「ターンプラサート塔」とよばれている。その時代のドヴァーラヴァティー様式の仏像の頭が見つかっている。大きなお腹を手で覆っている女性の半身の陶器も見つかっている。
サイト2のそばでは、地元のおばちゃんたちがわら細工を編んで売っていた。村おこしだろうか。
そういえばこの村には「homestay」という看板がかかった家が多い。
Archeological Sight BanPrasat ここで見つかった仏頭(看板の写真)
up

◇第3サイト 
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge たくさんの人骨がならぶ
Archeological Sight BanPrasat, Click to enlarge サイト3の外観
  発掘場所は4mx6mの大きさ、深さ5.5m。全部で15体の人骨が見つかったが、10体のみがはっきり特定できた。埋葬時期は2期に分けられるが、9体(7体は子ども、2体は女性)は前期にあたる、第1サイトと同じ3000-2500年前のものだ。
  この前期の人骨について、第1サイトとは埋葬方法がかなり異なる。頭はすべて東向き(第1サイトは南東向き)で、ほとんど頭蓋骨が壊れ、1体は頭がない。副葬品の土器は埋める前に割られ、下半身にかぶせるように置いてある。遺体の下に置かれたものもあった。(第1サイトのものは、土器は壊れてなく、頭の上か足下に置いてある。)ブタの指の骨が頭のそばに置かれたり、黄土の固まりが頭のそばや足下に置かれていた。また、装身具をつけていたのは1体のみ(青銅の腕輪を両腕に、貝殻の腕輪を右腕につけていた)で、あとは一切何もつけていなかった。
  考古学者は、これらの骨は死刑囚のもので、首は違う場所にさらされたのではないか、と推測している。実際ここから約500m離れた場所から、頭蓋骨の一部が見つかっている。毎年4月21日には、地元の人々が追悼式を行っている。
up

linkbar HOME MekongTOP NakhonRatchasimaTOP back next