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ナコーンラーチャシーマー 見どころ紹介 (5)
  旧コーラートの遺跡群 その1
 このページの内容 
◇ワット=タンマチャック
◇ムアン=セーマー遺跡
以下は次ページ
◇ムアンケーク遺跡
◇ノーンクー遺跡
◇ムアンカオ遺跡
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 市内とその周辺
 郊外(パノム=ワン遺跡など)
 ピマーイ 遺跡1 
 バーンプラサート
 旧コーラートの遺跡群1 
旅日記から・・・・知られざるコラートを訪ねて '12.08(3ページ)
Wat Thammacak, click to enlarge ドヴァーラヴァティー時代の寝仏
ワット=タンマチャック
  ナコーンラーチャシーマーは、アユタヤー時代にナーラーイ大王(在位1656-88年)が現在地に建設した都市で、それ以前は今日のスーンヌン郡に町があった。
  その歴史は古く、ドヴァーラヴァティー時代(7-10世紀)にはムアン=セーマーを中心とする政治権力が存在した。その後この地に進出したクメール帝国は、その近くにコーラーカ=プラ(ムアン=コーラート)を建設し、支配機構を置いた。
  現在のナコーンラーチャシーマーから、国道2号線を西へ32km。バスは平凡な田舎の市場に止まる。ここからは、バイクタクシーをチャーターするしかない。交通は不便だが、ドヴァーラヴァティー時代の寝仏やクメール時代の遺跡など、一見の価値のある遺跡群が待っていた。

◇ワット=タンマチャックセーマーラーム วัดธรรมจักรเสมาราม
  スーンヌーンの町から北西へ5kmほど、ムアン=セーマーからは500mの所にある古い寺院。ドヴァーラヴァティー時代の宗教センターだったようで、この地で見つかった寝仏、法輪、仏像などが見られる。
Wat Thammacak, Click to enlarge 微笑んでいるような涅槃仏
涅槃仏(寝仏) พระพุทธรูปปางไสยาสน์ (พระนอน) 
  7-8世紀、ドヴァーラヴァティー時代に作られたとされるが、この時代のものでこれほど大きな仏像は他にはない。長さ約13.3m、高さ約2.8mで、大きな砂岩を集めて加工した。頭は南向き、顔は東を向いている。角張った顔、幅広の鼻、微笑みを浮かべた口元が特徴だ。
  もとはレンガ製のウィハーン(26mx6.5m)に納められていたようで、その跡が少し残っている。ウィハーンには、涅槃仏を納めるメインの部屋と、その北側(仏像の足下側)の階段があった。後世になって、東側(仏像の顔が向いている側)、セーマー(結界石)と寺院の壁があった上に、礼拝のための場所を増築した。現在はトタン屋根の建物に覆われている。
Wat Thammacak, Click to enlarge 涅槃仏の足下から。昔のウィハーンごと屋根で覆っている。
Wat Thammacak, Click to enlarge 頭部。螺髪(らほつ)が残っている
Wat Thammacak, Click to enlarge 裏側
Wat Thammacak, Click to enlarge 昔の結界石(バイセーマー)
Wat Thammacak, Click to enlarge ラーマ5世時代(日本の明治時代)の写真。涅槃仏の足が見える
Wat Thammacak, Click to enlarge 同じころの写真。頭部が転がっている
行き方
ナコーンラーチャシーマーの第1バスターミナルからスーンヌーン สูงเนิน 行きのバスで約1時間。22B。
降りた市場でバイクタクシーをチャーター。このページの5か所をまわって、2時間15分ほど、350B(以上、2012年情報)
Bus for SungNoen, click to enlarge スーンヌーンの市場。ここでバスを降りる
Bus for SungNoen, click to enlarge スーンヌーン行きのバス @ナコーンラーチャシーマーバスターミナル
Wat Thammacak, Click to enlarge 涅槃仏を覆っているトタン屋根の建物
Wat Thammacak, Click to enlarge 屋根ができる以前の涅槃仏の写真が飾ってあった
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Wat Thammacak, Click to enlarge ガラスケース内の法輪
Wat Thammacak, Click to enlarge 法輪 奥のガラスケース内のものがドヴァーラヴァティー時代のもの
法輪 ธรรมจักร 
  涅槃仏のそばから見つかった砂岩製の法輪(タンマチャック)。寺院境内の収蔵庫に展示されている。直径141cm、中心の軸の部分の直径は31cm。ムアン=セーマーが作られた7-8世紀ころのドヴァーラヴァティー時代の作品で、ナコーンパトムなどでも同様のものが発見されているが、ここのものには下の方に獅子の顔のレリーフがあることから、南方のシュリーヴィジャヤの影響が考えられる。
  仏暦2516(西暦1973)年、この法輪は盗難にあったが、その後無事に戻ってきたという。そのためか、ガラスケースに入れられていた。手前にもう一つ法輪が置いてあり、これもかなり古そうなものだが、説明がなく不明。
Wat Thammacak, Click to enlarge 蓮華座(左)。右は柱か?
Wat Thammacak, Click to enlarge この場所で唯一完全な、小さな青銅(?)の仏像
その他
  法輪と同じ収蔵庫には、ムアン=セーマーで発見された仏像や建物の一部などが、所狭しと並んでいる。仏像のほとんどは足の部分だけで、ヒンドゥー教に関するものもあった。
Wat Thammacak, Click to enlarge 法輪や仏像が展示されている収蔵庫
Wat Thammacak, Click to enlarge シヴァリンガと対をなすヨニ
Wat Thammacak, Click to enlarge 法輪の一部か?
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◇ムアン=セーマー遺跡 เมืองเสมา
Meuang Sema, Click to enlarge 八角形の基壇 仏塔だろうか
Meuang Sema, Click to enlarge あちこちに建物の遺構が散在する
  ワット=タンマチャックから北西へ約500mのところにある、ドヴァーラヴァティー時代の都市のあと。南北方向4km、東西方向3kmほどの卵形で、環濠と城壁の一部が残っている。
  7-8世紀ころに建設され、その後クメール帝国が進出してくる11-12世紀ころまで続いたと考えられている。ここのボーイーカー遺跡で発見された西暦868年の碑文(ピマーイ国立博物館所蔵)には、この地はシーチャナーサ(Sri Canasa)王国という勢力の支配を受けたことが記されている。また、別の重要な碑文である「ムアンセーマー碑文」にはクメール王ジャヤヴァルマン5世(在位968-1001年)の名前が登場している。
  広い敷地には、砂岩やラテライトで作られた建物の遺構が多く散在しているが、説明の看板などなく、何であったか判別はむずかしい。調査の結果、今日ワット=タンマチャックにある涅槃仏や法輪をはじめ、多くの遺物が発見されている。
Meuang Sema, Click to enlarge 参道と寺院の跡だと思われる
Meuang Sema, Click to enlarge 左の寺院の上から
寺院の中央部にはシヴァリンガが祀られていた
Meuang Sema, Click to enlarge これも寺院の跡だろうか
Meuang Sema, Click to enlarge 藪の中にも石が転がっていた
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