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ナコーンラーチャシーマー 見どころ紹介 (5)
  旧コーラートの遺跡群 その2
 このページの内容 
◇ワット=タンマチャック
◇ムアン=セーマー遺跡
以上は前ページ
◇ムアンケーク遺跡
◇ノーンクー遺跡
◇ムアンカオ遺跡
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 市内とその周辺
 郊外(パノム=ワン遺跡など)
 ピマーイ 遺跡1 
 バーンプラサート
 旧コーラートの遺跡群 2
旅日記から・・・・知られざるコラートを訪ねて '12.08(3ページ)
NonKu, click to enlarge ノーンクー遺跡全景
  ナコーンラーチャシーマーは、アユタヤー時代にナーラーイ大王(在位1656-88年)が現在地に建設した都市で、それ以前は今日のスーンヌン郡に町があった。
  その歴史は古く、ドヴァーラヴァティー時代(7-10世紀)にはムアン=セーマーを中心とする政治権力が存在した。その後この地に進出したクメール帝国は、その近くにコーラーカ=プラ(ムアン=コーラート)を建設し、支配機構を置いた。
  以下に紹介する3つの遺跡は、10-12世紀にクメール帝国が建てたヒンドゥー寺院や施療院の跡である。かなり崩壊してしまっているが、往時の姿を想像しながら歩くのも楽しい。

◇ムアンケーク遺跡 ปราสาทเมืองแขก
Meuang Khek, Click to enlarge ゴープラ(楼門)。基壇がしっかり残っていた
Meuang Khek, Click to enlarge 右がムアンケーク本体。ゴープラと外壁が見える。左の木の向こうにレンガ製の塔の基壇がある
  かなり大きな建物で驚く。北側のゴープラ(楼門)が正面になる。これがなかなか立派で、屋根はないものの、正面の階段や大きな4本の石柱、脇のクメール式の窓や左右へ延びる外壁もよく残っている。建物の材質は砂岩とレンガが使われている。ゴープラ、内楼門、主祠堂など建物の軸になる部分は砂岩で作られているようだ。
  ゴープラをくぐると内楼門だが、こちらは基壇に門の骨組みがあるだけだ。内楼門からは主祠堂を囲む回廊が続いているが、とくに左手(東側)の部分ははっきり回廊の跡が見て取れる。
  数段高くなった主祠堂へ登る。前面(モンドップ)は石材が組まれて、レリーフが施されたリンテルもある。奥のシヴァリンガが祀ってある部分には本来はプラーン(とうもろこし状の塔)があるのだが、これは全くなくなっていて、ご神体のシヴァリンガが露出している。ここから周りを見ると、土が盛られて少し高くなった部分が建物を囲んでいるが、濠のあとであろう。
  ゴープラの外側にも、レンガが積まれた大きな塔(?)の基壇が2つある。
  1959年の発掘調査、および1990-91年の発掘・修復によって、レリーフの刻まれたリンテルや神像が発見され、ここは10世紀ころのヒンドゥー寺院だったと推測されている。なお、ここで見つかったリンテルや神像は、ピマーイ国立博物館で展示されている。シヴァとウマーのリンテルやヴィシュヌの化身であるヴァーマナのリンテル(2点あって、1点は作成途中のもので興味深い)など、たいへん見事なものなので、お見逃しないように。またナコーンラーチャシーマー市内のマハーウィーラウォン国立博物館にも、やはりここで見つかった碑文、まぐさ石、仙人が描かれた瓦の飾りなどが展示されている。
Meuang Khek, Click to enlarge 内側からみたゴープラ。当時の形態が想像できる
Meuang Khek, Click to enlarge 手前が内楼門。その奥が主祠堂
Meuang Khek, Click to enlarge 正面(北側)から見た主祠堂
正面リンテルにレリーフが見える
Meuang Khek, Click to enlarge ご神体のシヴァリンガ。本来あるはずのプラーン(塔)はない
Meuang Khek, Click to enlarge 東側回廊は比較的残っている
Meuang Khek, Click to enlarge 外側にある塔(?)か建物の基壇
このような半分ほどしか残っていないクメール遺跡を見学する時には、ピマーイ寺院の伽藍配置を思い浮かべながら見るとよい。よく似た造りになっていることが多い。
Meuang Khek, Click to enlarge 内楼門。美しくデザインされた門柱
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◇ノーンクー遺跡 ปราสาทโนนกู่
Nonku, Click to enlarge 正面(東側)から見た遺跡
内楼門と主祠堂、その左が礼拝堂。手前に楼門の礎石がある
  ムアン=ケークの南約500mの所にある。ムアン=ケークよりかなり小さいが、構造や建材などよく似た遺跡だ。
  寺域を示すゴープラ(楼門)や寺壁は辛うじて礎石の一部が残るのみだ。内楼門は門柱など比較的残っている。新しいレンガが積まれ補強されている箇所も多い。
  急階段で小さな主祠堂に登る。屋根や壁はなくなり門の骨組みが1組あるだけだ。遠くから見ると、石積みの上にそびえ立つブランコの柱の形をしたこの骨組みが、たいへん印象的だった。主祠堂の上からは遺跡の全体像がよくわかる。奥にシヴァリンガが祀られていた跡があった。西側にも同じような内楼門の跡があった。
  主祠堂の前面左右の建物跡は礼拝堂とされている。2つの礼拝堂に挟まれた部分から、シヴァ信仰と関わる牛の像が発見されたという。
  1991-92年の発掘調査によってたくさんの出土品が発見されたが、それによるとここは10世紀に建てられた、ヒンドゥー教の宗教施設だったと推測されている。ここで見つかったガルーダの浮き彫りの瓦の飾り、夜叉や小さな人形などは、ナコーンラーチャシーマー市内のマハーウィーラウォン国立博物館に展示されている。
Nonku, Click to enlarge 左前方から。主祠堂と礼拝堂(左)、内楼門から繋がる壁(ピマーイやムアンケークでは回廊になる)がある
Nonku, Click to enlarge 左側の礼拝堂(左)と主祠堂
Nonku, Click to enlarge 右前方から見る内楼門(左)と主祠堂。こぢんまりした遺跡だ
Nonku, Click to enlarge 正面(東側)から見た内楼門と主祠堂
Nonku, Click to enlarge 主祠堂壇上から内楼門を振り返る
ゴープラの礎石も向こうに見える
Nonku, Click to enlarge 主祠堂の奥にはシヴァリンガを祀った場所があった
この建物は多くのクメール=ヒンドゥー建築と同様、東が正面になっている。
Nonku, Click to enlarge 右側の礼拝堂。中央はシヴァリンガの跡だろう
Nonku, Click to enlarge 遺跡の南側やや離れた場所に石材が固まっていた。小さな祠堂だろうか、よくわからなかった
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◇ムアンカオ遺跡 ปราสาทเมืองเก่า
MeuangKao, Click to enlarge ゴープラ(右前方から)
MeuangKao, Click to enlarge よく保存されているゴープラ
(左前方から)
  上記2つの遺跡から東の方へ、かなり離れた場所にある。その名も「ワット=プラサートムアンカオ」という仏教寺院の境内に残された遺跡で、ジャヤヴァルマン7世 Jayavarman VII (在位1181-1218年)がクメール帝国内に築いた102か所の施療院の1つだとされる。仏教寺院の方から行くと遺跡の裏側から入ることになるが、反対へまわって正面(東側)から入ることにする。
  全体的にラテライトを切り出して積み上げた構造物で、独特の赤茶けた色合いだ。遺跡の入口にあたる楼門(ゴープラ)がたいへんよく残っている。一部天井が抜けてはいるが、横室も含めて、これほど当時の楼門が残されている(復元保存されているとしても)クメール遺跡はなかなかない。
  ゴープラの向こうは主祠堂で、基壇にプラーンの下部のみ残っている。結構な高さの基壇で、階段が見当たらなかったので登ることはできなかったが、中央部にシヴァリンガの跡が見られた。
  主祠堂の横には経蔵があるが、石柱と壁の一部のみ基壇上に立っている。遺跡を囲む壁の外側には、ラテライトで囲われた池があった。このような構造物の配置は、やはり同じ施療院の跡であるピマーイのクティ=ルーシーと全く同じである。
MeuangKao, Click to enlarge ゴープラをくぐると主祠堂がる
MeuangKao, Click to enlarge 主祠堂横の経蔵
MeuangKao, Click to enlarge 背面(西側)から全体を見る
Plan of MeuangKao
MeuangKao, Click to enlarge 北側の池
MeuangKao, Click to enlarge 背面(西側)の寺壁。バイセーマーのような形の石
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