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旅日記から  ウィエンチャン→ルアンパバーン  99年12月  (3)
 このページの内容   ◇12月27日  ◇12月28日
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 1999年12月27日(月)  ルアンパバーン→(バス)→ウィエンチャン

 トラックバスで11時間
The truckbus, click to enlarge これがトラックバス
ェックアウト時、宿のおじさんにバスは安全かと確認すると、「大丈夫。今朝もそう聞いていた女の子は、もう出発していったよ。」と言う。ルアンパバーン-ウィエンチャン間の陸路は、時々武装グループが襲撃し、外国人を含む死者が出るのだ。まあ、このおじさんの言葉を信じて行ってみよう。
  東の町はずれにあるバスステーションは、広場にバスとトラックが数台止まっているだけで、がらんとしている。チケットを売る小屋に行くと、ノートに名前を書かされた。ウィエンチャンまで外国人は30,000K、ラオス人は25,000Kと表示されている。窓口のお姉さんに聞くと、9時発で所要時間は9時間と言うが、お姉さんが指さしたのは、バスではなくトラックだった。これがトラックバスか…、覚悟はしていたがうーんとうなってしまう。
  トラックバスを紹介しよう。幌をかけた大型トラックの荷台が客席である。左右に椅子が2つずつ6列並んでいるが、その間の通路部分も木で作った粗末な腰掛けが置かれているので、実際は通路なしで6席×6列の座席があるわけだ。出入口は荷台の右後方に1か所のみ、屋根に乗り切らない荷物が足下に置かれるので、出入りが大変だ。しかも荷台に乗るわけだから、クッションもなく、快適とは言えない乗り物だ。
  出発時間まで1時間あるので近くの茶店で休む。乗り込む人が増えてきたので、狭いところはいやだが、早めに乗って前方の窓際の席を確保した。気が付くと人と荷物でほぼ満員、カゴに入ったニワトリやアヒルも道連れだ。8:50、定刻より10分早く出発した。
The truckbus, click to enlarge 「トイレ」から見た山々
分も走ると家は消え、もう山の中である。自然の中を吹く風は、冷たいが心地よい。しばらくは対向車もあったが、ルアンパバーンから遠ざかるとめったに会わなくなった。トラックは、坂道や道の悪いところではローギアであえぎながら徐行するので、なるほど、今ならゲリラに襲われることもあり得ると思った。
  10:30ころ、見晴らしのよい山道で急に止まった。一瞬ゲリラかと思ったが、乗客が数人ササッと降りていく。トイレ休憩のようだ。と言ってもトイレなどはない。男性はその辺りで、女性は少し離れた草むらの陰で用を足す。
  忘れたころに小さな村を通過する。服装からモン族と思われる村が多い。学校から家に帰る子どもたちとも出会う。トラックが通ると手を振ってくれたり、自分で捕まえたのだろうか、コウモリやモモンガの丸焼きを手に持って見せてくれる子どももいる。
  午後1:30ころ、2回目のトイレ休憩となる。久しぶりに狭いトラックを降りて、他の人と同じように草むらで用を足す。すっきりして前を見やると、山の形にびっくり。中国の桂林そっくりだ。
1B=198-199K、1円=約72K
 
国道13号線の襲撃
ラオスの革命政権に反対する山岳民族モン族が、バスやトラックを襲う事件が、当時年に何回かあった。
 
7:00頃 宿をチェックアウト
昨日と同じ屋台のおばさんからカオチーを買う。2,000K
トゥクトゥクで南バスステーションへ、5,000K
バスステーションの店で、コーヒー、水、お菓子。6,000K
8:50頃 ウィエンチャン行きのバス出発。30,000K
途中10:30、13:30頃トイレ休憩
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 やっと、ウィエンチャン
後1:50ころ、わりと大きな町に着いた。道路のキロポストによると、ウィエンチャンまでおよそ220km、たぶんカーシーの町だろう。ここで昼食休憩らしい。車内でカオチーを食べてしまったのでここではとくに食べなかったが、屋台のおじさんからアイスクリームを買って食べた。
  午後3時ころ、大きな町に着いた。降りる人が多い。ワンウィエンらしい。夕方、ウィエンチャンから132km地点で大きな湖が見えた。たぶんナムグムダムの湖だろう。この辺り、各家(高床式)の階下では女の人が機を織っていた。
  夕方5:30をまわると暗くなってきた。バスは快適にとばす。ウィエンチャンが待ち遠しい。ところが、あと10数kmになると次々に乗客が降り始め、そのたびに運転手が屋根に登って荷物を下ろし、またひもで縛る。この作業にやたら時間がかかり、疲れが倍加する。ウィエンチャンの近くはノンストップにして、みんなターミナルまで行くようにした方が…などとも思うが、まあ仕方ないか。
NamPhu, click to enlarge ナームプ(噴水広場)
局ウィエンチャンのバスターミナルに着いたのは午後8時、出発して11時間もかかった。とくに最後の1、2時間が疲れたが、街道沿いの人々の生活を垣間見ることができたのはおもしろかった。今いるバスターミナルがどこかわからないので、トゥクトゥクを拾って町の中心のナムプまで行く。一緒のトラックバスに乗ってきたイスラエル人3人がいたので、一緒に乗るかと誘ったが、歩くという。ケチなのか、タフなのか。
  宿を決め、早速夕食を食べに出る。ビルには新年を祝う電飾がまばゆい。タイから来た時は田舎町に見えたウィエンチャンだが、ラオスを旅して戻ると大都会に見えてしまうから不思議だ。夕食を済ませ、宿で飲むつもりでビアラオを1缶買う。が、11時間のバスのせいか、胃がもたれ飲まずじまいだった。 
 
13:50-14:20
カーシーで昼食休憩。アイスクリーム1,000K
20:00 ウィエンチャンの北バスターミナルに到着
トゥクトゥクでナムプまで、5,000K
宿泊 Hua Guo GH トイレ、ホットシャワー、TV付、8米ドル
夕食 ナムプ近くのサバイディーレストラン
ビアラオ、ラープカイ、白飯。14,000K
雑貨屋でビアラオ1缶 4,000K
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 1999年12月28日(火)  ウィエンチャン→(バス)→ノーンカーイ→(列車)→翌日朝バンコク

 小さな首都を散策する
前中はウィエンチャンの見どころをまわることにして、まずこの町一の聖地、タートルアンを訪ねる。地図ではけっこう距離がありそうなのでトゥクトゥクを拾っていく。近づくと金色の仏塔が見えてきた。回廊に囲まれた仏塔が、太陽にきんきら輝いてまともに見えないくらいまぶしい。塔は途中まで登ることができ、緑の多い町が見渡せる。境内には、ラオスとビルマの国旗が並べられ、マイクとたくさんの椅子が用意されていた。何があるのだろうか?
  帰りはアヌサーワリーまで歩いてみた。閑静な住宅街だ。ヴェトナムとマレーシアの大使館もあった。20分ほど歩くとアヌサーワリーに着いた。パリの凱旋門に似た外見で有名だ。早速登ってみる。内部の天井は美しく装飾されているが、階段を登ると幻滅する。ゴミが散乱して汚い。展望台からはウィエンチャンの町が一望できる。ロータリーの中心に立っているので、自分がこの町の中心にいて天下を取ったような感覚もする。ウィエンチャンは本当に車や高い建物が少なく、その分緑が多い。
に、ホーパケーオ博物館を見学した。本堂の回廊にはずらりと仏像が並ぶ。バンコクにあるプラケーオ仏がかつて安置されていたというが、今は大小様々な仏像が所狭しと並べられ、雑然とした印象だった。
  最後に、タラート=サーオの見物を兼ねて、土産物を買いに行った。2階建ての市場には、観光客向けの土産物屋の他、時計・宝石、電器、服などあらゆる物が売られていた。建物の周囲には生鮮品や食料を売る店が出ている。人出も多くにぎやかだ。
 
9:00頃 宿をチェックアウト
トゥクトゥクでタートルアンまで4,000K
タートルアン 入場料1,000K
アヌサーワリー 入場料500K
ホーパケオ博物館 入場料1,000K
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 メコンを越えて
イ国境の友好橋行きのバスは、このタラート=サーオ隣のバスターミナルから出ていた。ここで待っていると「日本の援助で贈られた」と書いてあるバスを何台か見た。国境までおよそ40分程で到着した。
  免税品店をのぞいてみるが、酒、タバコ、宝石が中心で欲しいものはなかった。ラオス出国はパスポートを出してすぐ終わる。シャトルバスはほんの2,3分で橋を渡り切り、次はタイ入国。入国カードを記入しパスポートコントロールを受ける。税関では人によって荷物チェックがあった。これで手続きは終わり。さっき乗ってきたバスはもう行ってしまったので、ベンチに座って待つ。トゥクトゥクの兄さんは、バスはまたラオスまで戻ってから来るのでしばらく来ない、と誘う。この辺りの強引さがタイとラオスの違いか。10分も待つと別のバスがやって来た。
  このバスで終点まで行き、トゥクトゥクに乗り換えてノーンカーイ駅に向かった。駅で切符を買おうとして、バーツがないことに気づいた。駅にいたトゥクトゥクで銀行まで行ってもらうと、ノーンカーイの町はものすごくにぎやかで物があふれんばかりだ。さっきまでいたウィエンチャンより、どう見ても繁華な町だ。駅に帰って聞くと、今晩の夜行寝台に空きがあるという。ラッキー、ゆっくる寝ていける。
Friendship Bridge, click to enlarge ノーンカーイから見た友好橋
車の発車までまだ時間があったので、近くのメコン川が見える食堂に入った。先ほど渡ってきた友好橋もよく見える。ラオスのことを思い出しながらトムヤムクンに舌鼓を打つ。日が傾いた。ノーンカーイで見るメコンの夕暮れもなかなかだ。思えばこのメコンを越えるのに何年かかったのだろうか? 人間の都合で長らく分断と対立の象徴だったメコンに、今は橋が架かる。
 
14:30頃 タラート=サーオからバスで友好橋まで。700K
ラオス出国
橋を渡るバス 2,500K
タイ入国
国境からトゥクトゥクでノーンカーイ駅まで 20B
駅からトゥクトゥクで銀行往復 50B
駅近くの食堂で、ビアチャーン、トムヤムクン、カオパットプー(かに入りチャーハン) 180B
18:35 ノーンカーイ発バンコク行き急行列車。2等冷房寝台(上段)548B
12月29日
6:15 バンコク・フアラムポーン駅到着
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