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ルアンパバーン 見どころ紹介 (1)   町の東部  (旧王宮・プーシーの丘周辺)
         The Eastern Side of City (Around Palace & Phusi)
 このページの内容 
◇ワット=マイ
◇王宮博物館(旧王宮)
◇パバーン仏の来歴
◇プーシーの丘
 関連ページへのリンク 
◆見どころ
 旧王宮・プーシーの丘周辺
 ワット=シエントーン周辺
 それ以外の町のみどころ
 郊外のみどころ
旅日記から・・・・ウィエンチャン→ルアンパバーン '99.12(3ページ)
旅日記から・・・・スローボートでルアンパバーンへ '06.8(3ページ)
PhuSi., enlarge to click メコン川から見るプーシーの丘
ルアンパバーンに着いたことが分かる
 ルアンパバーンの中心は、郵便局とプーシーホテルの交差点で、一日中人通りが多い。そこから東へのびる道、ワット=シエントーンまでの約1.5km(シーサワンウォン通り・サッカリン通り)は見どころが集中し、ホテル・ゲストハウスや食堂も多く、観光客が最も目につく地区である。

◇ワット=マイスワンナプーマーハーム (ワット=マイ)
WatMai., enlarge to click 5層の赤い屋根が特徴
WatMai., enlarge to click ワット=マイ全景
  王宮の西隣に位置し、五層の大きな赤い屋根が目立つ寺院。やや遠く、とくに大通りから見ると最もバランスよく見える。見どころは、本堂の外壁に描かれた金色のレリーフ。本生譚(ほんじょうたん、ブッダの前世の物語)や「ラーマーヤナ」、ルアンパバーンの町の風景が題材になっている。
  来歴  18世紀末、アヌルッタ王(位1792-1819)が創建。次のマンタトゥラート王(位1819-37)の1821年ころ本堂の修復が始まり、1890年までかかったという。王家の寺院として建てられ、ラオス仏教界最高位の高僧もここに居住した。1887年、中国系ホー族が町を襲撃すると、パバーン仏はこの寺院に避難し、以後1947年に王宮(現・王宮博物館)に移されるまでこの寺院に安置されていた。
WatMai., enlarge to click 仏が並ぶ寺院の内部
WatMai., enlarge to click 扉左側のレリーフ
WatMai., enlarge to click 正面の扉
ピーマイラオ(ラオス新年。4月13-15日)の時、パバーン仏は旧王宮から、かつて祀られていたこの寺院に輿に乗って帰ってくる。本堂前に特設された礼拝堂に3日間安置され、灌水の儀式を受けるという。
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◇王宮博物館(旧王宮)
Palace museum., enlarge to click 右側「パバーン仏」が納められている部屋。白い大理石はイタリア製
Palace museum., enlarge to click 王宮博物館正面
  通りに面した立派な門構え。中に入るとヤシの並木ときれいに整備された庭が目に飛び込む。その先に立つのが旧王宮、白い壁とえび茶色の屋根が緑に映える。正面には、3つ頭のゾウと王蓋の王室の紋章が描かれ、ラオスの国旗が掲げられていた。
  建物内部   外側のテラスを通って右手に行くと、何体かの仏像が置かれた小部屋がある。その中央、黄色に輝くのが有名な「パバーン仏」である。高さ70cm、重さ50kg、金の純度は90%という。両手を前につきだした施無畏印(せむいいん。人々の恐れを取り除く事を表わす印)の仏像は、思ったより小さいが貫禄十分だ。地元の人たちが平伏して拝んでいた。
パバーン仏 clickで拡大 ◆◆パバーン仏の来歴
  サワー(今日のルアンパバーン)王の息子・ファーグムはクメール王国(カンボディア)のアンコールトムで学んでいたが、父王が亡くなり王位争いが起きると、クメール王から軍勢を借りてサワーを占領。その後周辺諸国を平定して、1353年ラーンサーン王国を建国した。1357年には王妃(クメールの王女)の要請に応えて、クメール王から仏教使節団が来訪、この地に上座部仏教を伝え、パバーン仏をもたらしたという。伝承によれば、このパバーン仏はもとは1世紀のスリランカで作られたという。
  1560年、セーターティラート王はウィエンチャンに王都を移すが、パバーン仏はこの町に残され、町もルアンパバーンと改称された。1707年ウィエンチャンへ移されたが、1778年にはアユタヤ滅亡から再興したシャム(タイ)が攻め込み、パバーン仏を持ち去ってしまった。4年後には返還されたが、1828年ウィエンチャンのアヌ王がシャムを攻撃、その報復を受け再びパバーン仏はシャムへ持ち去られた。その後ルアンパバーン王チャンタラートがシャム軍に協力したため、1866年パバーン仏はルアンパバーンに返還され、ワット=ウィスンナラートに、ホー族の侵入に備えて1887年にはワット=マイに安置された。さらに1947年には王宮へ移された。
  なお、この仏像は精巧なコピーで、本物はウィエンチャンかモスクワで厳重に保管されている、という噂もある。
 入場料  20000K
正面の階段を登ったところで靴を脱ぎ、左手奥でチケットを買い、ロッカーに荷物を預ける。建物内では写真撮影はできない。
Palace museum., enlarge to click 王家の紋章
紋章の意味・・・・3つ頭のゾウ「アイラーヴァタ」はインドラ神の乗り物。天蓋は王位を示している。周囲の蛇はこの町を包むメコン川・ナムカン川を表しているとされる。 上へ戻る
Palace museum., enlarge to click 王宮の裏手(奥)は寝室や食堂などの私的空間。静かでくつろげる庭
  正面へ戻って内部へ入ると、宗教行事などが行われた広間になっている。僧が説教に使った椅子が残されていた。そこから右回りの一方通行で内部を見学するようになっている。右手の部屋は謁見用で、町の様子を描いた絵や歴代王の胸像などが飾られていた。次に大きな広間に出る。ここは戴冠式が行われる場所で、壁一面には、やはり町の様子などを描いたガラスのモザイク画で覆われている。このガラスは日本から取り寄せたものだそうだ。ワット=ウィスンナラートなどから運び込まれた仏像も展示されている。
  この奥は王家の私的空間で、寝室、食堂、図書室などが並ぶ。調度品は豪華だが、部屋は質素な印象だ。TVが置いてある部屋では、ピーマイラオの映像が見られ、おもしろかった。
  ぐるりと周って戴冠式の広間に戻り、次の部屋には各国から王室へ贈られた品々や勲章などが展示されている。米国から贈られた月の石など、さすがと思わせるものに混じって、オーストラリアからの使い古したようなブーメランは異彩を放っていた。ここを見終わると最初の広間に戻ってくる。出口付近にはちょっとした売店があり、土産物を売っていた。
Palace museum., enlarge to click メコン側の出入り口

道の向こうはメコン川なので、本来はこちらが正面のはず。向かい側の建物は船乗り場だが、王室の紋章がついている。かつては王族が使ったのか?
  来歴  1904年、ルアンパバーン王国は正式にフランスの保護国となり、フランス人が設計した新たな王宮が建てられることになった。フランスとラオスの建築様式が融合したデザインだそうだ。建築には多くのヴェトナム人労働者が従事し、1909年に完成した。その後、王たちはいろいろな箇所をラオス風に改修し、たとえばちょうど戴冠式の広間の上に立つ尖塔も、はじめはフランス風のものだったが、後に現在あるラオス式のものに取り替えられたという。1975年の革命まで王族が居住していたが、その後1976年に博物館として公開された。
  その他の建物 
Palace museum., enlarge to click ホーパバーン内部
Palace museum., enlarge to click 最近完成したホーパバーン
1.ホー・パバーン(パバーン仏堂)…王宮の右手のラオス式の礼拝堂。文字通りパバーン仏を安置するため、1963年に建築が始まったものの、その後の内戦や革命、革命政府の仏教弾圧などで中断し、ようやく1993年に工事が再開、最近完成した。内部にはパバーン仏を納める台座もあるが、現在(2006年8月)、主のパバーン仏は前述の通り、王宮博物館の一室に収まっていた。
2.劇場…王宮の左手の近代的な建物。夕方からラオスの仮面劇などの伝統芸術が見られる。
Palace museum., enlarge to click 劇場と王の立像
立像はシーサワンウォン王(位1904-59)。供え物も置かれていた。 上へ戻る

◇プーシーの丘
PhuSi., enlarge to click 泊ったGH前(プーシーの西側)
正面がプーシーの丘
  標高約150mの小高い丘だが、高い建物のないルアンパバーンでは、頂上の金色の仏塔とともに格好のランドマークとなっている。夜にはライトアップされ、仏塔が黄色く照らし出される。
  登り口は2か所あり、1つは王宮の正面から階段を登っていく。もう1つ、王宮と丘を挟んで反対側のナムカーン川の方から登ると、途中ワット=タムプーシーという寺院を通って、頂上にたどり着く。頂上には簡単な展望台、1804年にルアンパバーン王アヌルッタ(位1792-1819年)によって建立されたタート=チョムシーという仏塔と小さなお堂、東の方には高射砲が1台残されていた。
  来歴   伝説によると、昔隠者(ルーシー)の二兄弟がこの丘(プー)の洞窟に住み、丘の頂上に2本の柱を立てて天を祭った。これがルアンパバーンの町を始まりだという。 
  丘からの眺め 
北側(メコン側)
Top of PhuSi, enlarge to click メコン川の対岸
小さな村とお寺が見える
Top of PhuSi, enlarge to click 王宮を見下ろす
Top of PhuSi, enlarge to click メコン川に沿って家並みが続く
この先にワット=シエントーンがある
南側(メコンと反対側)

Top of PhuSi, enlarge to click ナムカーン川が向こうから流れ、この写真の左手でメコンに合流する
左に空港の滑走路が見える
Top of PhuSi, enlarge to click ナムカーン川
手前がメコンとの合流点
Top of PhuSi, enlarge to click 南西方向の景色
 入場料  10000K
以前来た時(1999年)は、ダーラー市場の脇からも登れたが、現在市場は閉鎖されたのでそこから登れるか不明。また、当時は入場料不要の登り口もあったが、現在は、少なくとも記述した2か所では、10,000K徴収される。

 タート=チョムシーと
ワット=タムプーシー 

That ChomSi, enlarge to click タート=チョムシー
夜間ライトアップされる
Wat ThamPhuSi, enlarge to click ワット=タムプーシー
仏像の右から狭い洞窟(伝説と関係あり?)へ下りられる
That ChomSi, enlarge to click タート=チョムシー
堂内の祭壇
Wat ThamPhuSi, enlarge to click タムプーシー
祀られている仙人
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