titlelinkbar HOME MekongTOP UbonRatchathaniTOP KhmerRuinsTOP back next

旅日記から  幻のクメール遺跡カオプラウィハーンを訪ねる  03年12月-04年1月  (2)
 このページの内容   ◇12月30日(午前、カオプラウィハーン) ◇12月30日(午後、サオチャリアンとパーテム)
 関連ページへのリンク  ◆旅日記から(1) (3) ◆ウボンラーチャターニー ◆カオプラウィハーン

 2003年12月30日(火) 晴れ  ウボン→カオプラウィハーン→サオチャリアン→パーテム→ウボン 

 国境を越えてカオプラウィハーンへ
カオプラウィハーン   昨日ホテルで手配してもらった車は、約束通り朝7:30に迎えに来た。7-8人は乗れそうな大きなワゴンで、私たち2人ではもったいない。運転手は20代後半の好青年で、この日1日長い距離をあちこち運転してもらった。
  車は南へひた走る。意外に交通量が多い。稲刈りが終わった田んぼに水牛が放たれていてモグモグ草をはんでいる。どこまで行ってもそんな風景がつづいた。9:00ころ、けっこう繁華なカンタララックの街を抜けた。しばらく行くと道は上りになり、周囲の景色も雑木林に変わる。まもなく、国立公園の入口のゲートがあり、入場料(外国人200B、自動車40B)を徴収される。カオプラウィハーンはもう近い。
  つづいて警察(国境警備隊?)のチェックがあり、運転手さんは身分証を預けていた。さらに山を登ること数分、9:45ころ、広い駐車場を兼ね備えたビジターセンターに到着した。ウボンから2時間あまりの道のりだった。
  そこからは歩いて国境へ向かう。観光客を待ち構えていたカンボジアの子どもがたくさんついてくる。ここはまだタイ領だが、その辺はけっこうアバウトだ。子どもたちは観光客をめぐって競争である。積極的な感じの女の子が運転手さんにタイ語で話しかけてきた。身長からは10歳くらいかと思ったが、聞くと15歳という。5分ほどやたら広い道路(ヘリが着陸できるようになっていた)を歩くと、鉄の柵でできた幅2mほどの粗末なゲートが見えてきた。運転手さんはここで待っているという。どうやらこの何でもない鉄柵が国境らしい。係官など全くいないし、緊張感も全くない。
  カンボジアに「入国」すると広場があって、手前の小屋で入場料5米ドルを払う(タイ人は50B)。パスポートのチェックなどは全くない。広場にはおきまりの土産物屋や飲み物屋が並んでいる。広場の向こうに「カンボジア王国 プレアヴィヒア」と書いた立派なゲートが立っている。係員にチケットを見せてゲートを通過する。いよいよ長い間閉鎖されていた「幻の寺院」だ。
両替レート:1バーツ=約2.8円
(注意)
カオプラウィハーン
は、
1998年以降コンスタントに開放されるようになったが、国境の状況によって閉鎖されることもある。事前にTATなどで確認した方がよい
2012年現在、タイ・カンボジア間の国境紛争のため、タイ側からは行けないようだ。
 
自動車チャーター代1日1500B+ガソリン代(745B)
7:40 ホテルを出発
9:30 国立公園入口に到着。入場料200B+運転手さんの入場料20B(タイ人料金)+自動車40B
9:45 カオプラウィハーンのビジターセンターに到着
up

 戦争と平和とカオプラウィハーン
Main sanctuary of PreahVihear, click to enlargeMain sanctuary of PreahVihear, click to enlarge主祠堂。かなり崩壊している。(左)南側、(右)東側
  カオプラウィハーン(カンボジア語ではプレアヴィヒア)go to the link pageは、クメール帝国が9-12世紀にかけて建設した壮大な寺院で、手前の第5楼門から断崖そばの第1楼門までが山の斜面に沿って、約800mの一直線上に並んでいる。
  長い間放置され、あちこち傷みが目立つ。第5、第4楼門は半分倒壊し、第3楼門には銃弾のあとらしき小さい穴がたくさんある。それでも、破風やリンテルには美しいクメール風のレリーフが残っている。最も奥にあたる第2・1楼門と主祠堂は、入口から120m登った場所にある。規模も大きく回廊も残っている。主祀堂は上部が崩れ去って石材がゴロゴロしているが、中に入ると仏像の絵と祭壇が備え付けられ、お坊さんが1人みえた。入口には、地雷のためか、片足のない若い男性が線香を売っていた。その男性から線香を買ってお参りする。
  第1楼閣の後ろは、すぐ高さ447mの断崖になっている。手すりなどないので、余計に足がすくむ。岬の突端のように出っ張っているので、真下は直角に落ち込み、左右どちらを見ても地面が切れている。つまり180°以上の広角で絶景が広がっているのだ。ここに立つと、この地が昔から聖地としてあがめられてきたこと、この地に寺院を建てる気持ちがよくわかる。世界が自分の足下にあるような、そんな錯覚を起こしてしまう場所だ。
  こんなすばらしい遺跡なのだが、一方で否が応でも戦争の傷跡が目に入ってくる。内戦時にはここにポル=ポト派の陣地があったらしく、第3楼閣の東側に高射砲が1基放置されており、またその近くには兵士が暮らしたと思われる横穴があった。また、遺跡の端にはところどころにドクロマークと「危険!! 地雷!!」の赤い看板と、木や石に赤いペンキが塗られていた。この赤いラインを越えると地雷の危険があるということだ。実はこのあとバンコクで新聞(バンコクポスト紙)を読んで知ったのだが、私たちが訪れたたった2日後の1月1日、カンボジアの青年観光客が道を外れて地雷を踏んで重態に陥ったという。本当に地雷は埋まっているようだ。
  タイ側のビジターセンターで会った15歳の女の子は、結局案内しがてら、最後の断崖までついてきた。その粘り強さに根負けして、絵はがきを買ってあげたが、そのように観光客相手の子どもたちが数十人いるようだ。学校などたぶん行っていないだろう。遺跡のところどころに「私はカンボジア人として生まれたことを誇りに思う」という看板が立っていた。この子どもたちが本当にこういう風に思えるようになればいいのだが……。
  戦争は終わったあとも長い間爪あとを残す。タイ・カンボジアの対立やカンボジア内戦に振り回されてきたこの寺院が、平和の象徴になることを願う。
10:00-11:50 カオプラウィハーンを見学。入場料200B(タイ人は50B)
Gopura IV of PreahVihear, click to enlarge 「私はカンボジア人に生まれたことを誇りに思う」。奥の建物は第4楼門
Warning for mines, click to enlarge 地雷注意のどくろマーク
An antiaircraft gun in PreahVihear, click to enlargeAn antiaircraft gun in PreahVihear, click to enlarge高射砲(第3楼門付近)。カンボジアの土地を見下ろせる戦略上の要地だ
up

 奇岩地帯・サオチャリアン
SaoChaliang, click to enlargeView Point からの眺め
向こうにメコン川が見えた
  11:50ころ、カオプラウィハーンを出発し、途中のカンタララックで昼食をとって、パーテム国立公園へ向かう。いったん北上してウボンの隣町のワーリンチャムラープまで戻り、そこから東のラオス国境をめざして走った。
  東北タイの大地を東へ流れてきたムーン川と、大河メコンとが合流するところにコーンチアムの街がある。この街に入ると「リゾート」と書かれた看板が目につく。風光明媚なこの街でゆっくり滞在するのもいいかも知れない。なお2つの川の合流点は、色の異なる水が混じり合うため、メーナーム・ソーンシー(2色の川という意味)go to the link pageとよばれる観光ポイントになっている。運転手さんによると、今は乾季だから色の違いはあまりない、とのことだったので、立ち寄らずに先を急いだ。
  14:30ころ、ようやくサオチャリアンgo to the link pageに到着した。入口に3-4個の大きなキノコ状の岩がある。おもしろい形だ。「View Point」の看板に従って岩場を登ると、この辺りの景観が手に取るように見える。所々にキノコ状の岩が点在している。その向こうには道路をはさんで、メコン川が見えた。
11:50 カオプラウィハーンを出発
12:30 カンタララックの町で昼食。クウェイティエウなど2人で70B
14:30-15:00 サオ・チャリアン見学
up

 パーテムの見事な岩絵
PhaTem, click to enlarge 第2の岩絵 魚や亀が見える
  サオチャリアンから車でわずか数分で、パーテムgo to the link pageの大きな駐車場に着いた。まずそばにあったビジターセンターをのぞいてみる。簡単な地図と岩絵の写真がパネルになっていて参考になった。岩絵は全部で4箇所あり、歩いてぐるっと一周できるようだ。
  サオチャリアンにはほとんど人はいなかったが、ここパーテムはタイ人の見物客で大にぎわいだ。みんなが降りていく方へ崖を降りていく。高さ10mほどの崖の下に沿って遊歩道がきちんと整備されている。岩絵のある場所には、見やすいように遊歩道の反対側に高台が組んであり、絵についての説明板もある。第2の岩絵がいちばん規模が大きく、ナマズ・カメ・ゾウなどが生き生きと赤いペイントで描かれていた。第3の岩絵には牛や農業の様子が描かれていた。
  第3の岩絵を過ぎると、見物客はすっかり減ってしまったが、女性が描かれている第4の岩絵をめざしてさらに進む。探し方が悪かったのか、結局第4の岩絵は見つからず、そのまま歩く。しだいに暑くなってくるが、時々顔を出すメコンの景色に救われた。最後の方は林の中の細い道を歩くので、退屈な景色で風もなく疲れが増した。
  パーテムの駐車場へ帰ってくると、メコンの流れがよく見えた。あの向こうはラオスだ。気がつくとメコンが反射する日の光が弱くなってきた。午後4時半をまわった。そしてこんな説明が書かれた看板があった。「ここはタイでいちばん早く日が沈む場所」。つまりタイの東端に来ているわけだ。
  帰路につく。さっき来た道を引き返していく。コンチアムとウボンの中間地点に当たるピブーンマンサーハーンに差し掛かると、日が暮れ始めた。朝方運転手さんは、今日は400km走る。ウボンからバンコクへ行ける距離だと言っていた。ウボンへ向かって車を飛ばしていく。ワーリンに入るととたんに車が増えた。18:00すぎ、ホテルに到着した。
今回、自動車をチャーターするに当たってホテルのフロントに相談したのだが、カオプラウィハーンとパーテムを1日でまわっても時間的に十分できるし、1日1500Bという値段は同じだと言われたので、そのようにしてみた。当初の予定では、カオプラウィハーンは自動車をチャーターしてまわり、パーテムは別の日にバスに乗ってコンチアムまで行ってそこでトゥクトゥクでもチャーターしようと思っていた。それに比べれば、時間もお金も節約できたかもしれない。ただやはり時間的に少々きつく、もう少し各所でゆっくりしたかった感もある。
15:00すぎパーテムに到着、見学
16:45 パーテムを出発
18:00 ウボンへ。ガソリンの給油,745B(1リットル=約16B)。その後ホテルへ帰着
19:00 夕食。「スアン・アーハーン」にて、2人で470B
[宿泊]同前(ライトーンホテル 1泊1300B) up

linkbar HOME MekongTOP UbonRatchathaniTOP KhmerRuinsTOP back next